鬼兵隊と白夜叉以外にもチームを名乗る集団はいくつかある。純粋に走りだけのチームもあるけれど、闇討ちだの特攻だのを仕掛けてくるのはたいていが走りよりケンカ重視の連中だ。
金と人数と高杉のマニアくさい技術にあかせてそこらのガキじゃ太刀打ちできない戦力を持つ鬼兵隊と、人数こそ少ないけれど銀時の調教のもとすっかり打たれ強くなった白夜叉。二大派閥と呼ばれるこの二チームが負けたことはもちろんない。
ただ、べつに名誉欲なんてない銀時は勝つだけ勝ったらあとは放っておくし、鬼兵隊にいたっては高杉の世話だけで精一杯だから、どちらも負けたチームを吸収して巨大化することはない。
つまりは野放しだ。トップを張る二チームのもとで野放しになったその他大勢の図式を、ところが近ごろ崩そうとする集団が現れた。
チーム『I』。手当たり次第にケンカを仕掛けてはどんどん規模をふくらませて、そのくせアタマの名前さえ聞こえてこない謎のチームについて唯一、はっきりしてるのは標的にされたチームのアタマに『果たし状』が送りつけられることだ。
銀時自身もいちど受け取ったことがある。だからって勝ったところで銀時にしてみれば疲れるだけでなにも得はないし、おなじように受け取ったという高杉も銀時が絡まないなら興味はないらしい。ただ人生ではじめてもらった手紙がよっぽど嬉しかったのか、ママも喜んでたぜとわざわざ自慢げに報告にきたときにはさすがの銀時も若干、涙が出そうになった。
とにかく全面無視の姿勢でいたその結果が、かわいいあの子の身の危険だ。
見慣れた部屋のドアを銀時は怒りにまかせて蹴り開けた。靴を吹っ飛ばすように脱いで、収納ケースに向かう。指定の時間まではまだ余裕があるけれど、相手の人数も強さもわからない。対して銀時はひとりだ。負けるつもりなんてこれっぽっちもないしいざ乱闘のときには堂々と名乗りをあげるつもりだけれど、待ち伏せて様子を探るにこしたことはない。
バカどもはみんな喫茶エリーに置いてきた。時間も場所も目的もなにも教えてない。あくまで飽きれたふりで巻いてきた。なんとしてもひとりで戦う必要があったからだ。
だってこれは、銀時自身の戦いだ。チームとしての『白夜叉』じゃない。ひとりの男としての『白夜叉』が、惚れた相手を救いだすための戦いだ。真正面から挑んでくると信じてた相手がまさかこんな卑怯な手に出るなんておもわなかったけれど、いまさらそんなこと言ったってただの言い訳だ。好きな子ひとり守れないなんて、男として失格だ。
積みあがったケースのいちばん下を引っぱりだす。たくさんのシミと金色の刺繍で飾られた白い特攻服。あの子のために脱いだものだ。だったら今度は、あの子のために着よう。
学ランもTシャツも脱ぎ捨てて、かわりに胸から腹へ薄汚れたサラシを巻きつけた。むき出しの腕が硬い綿を冷たく通り抜ける。ズボンのウエストを細いベルトできっちり締めて、ポケットには単車の鍵。背中に木刀を仕込めば『白夜叉』の、復活だ。
朝よりは乱れた髪を片手で乱暴にかきあげる。膝より長い上着の裾をひるがえしながら、向かった玄関で転がっていた鉄板入りの安全靴を履いてドアを開けたさきにはおなじ、白の群れ。

「遅いっすよアタマぁ」

聞き慣れたエンジン音の大合唱。色とりどりの単車のうえで揃いの特攻服に身を固めたバカどもの満面の笑みに銀時は、ことばを失った。

「俺を見くびるんじゃねーぞ銀時ィ」
「っ高杉!」

塀の影から待ち構えたように赤いポルシェがすがたを現した。
運転席から顔を出した高杉がいつものようにクククッと笑う。その後ろには闇に溶け込むハーレー、そして黒づくめ。

「テメー今度はどこに盗聴器つけやがった!」
「フッ、蛍光灯のカサの裏につけたなんざ俺ァひとことも、」
「アタマぁ!」

たくさんのライトを後光のように跳ね返しながらハゲが叫ぶ。

「なんで言ってくんねンすか!」
「そっすよ!俺、アタマと一緒ならどこまでだってついてくっす!」

つづけて叫んだデブは相変わらず泣きべそかきそうな顔だった。
俺も。俺だって。つぎつぎに上がる声に銀時は、無言で自分の単車にまたがりながらただ、口もとだけで笑った。かわいくないヤツらだ。アクセルを全開にふかす。
ほんとうに、すこしもかわいくないやつらだ。

「テメーらァ!」

腹の底からしぼりだした銀時の声に、雄叫びがあがる。

「白夜叉の強さ見せたれやァ!」

エンジン音は最高潮。銀色に輝くマフラーから灰色の煙を吹き上げて、光の大群は、夜の風を引き裂いていった。

「晋助、」

ようやく静けさを手に入れたアパートに、黒づくめの声がそっと響く。
晋助、ともういちど呼ぶついでに、今度はポルシェの運転席へと顔を突っ込んだ。

「拗ねるのは勝手だがこのままだと完全アウェイでござるよ」

ワタシモワカイコロハムチャシタモノヨ。銀時の部屋の隣では、ドアのすきまからにこやかに頷くおっさんがいた。


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ちょーどよかったので切っちゃいました。つぎで終わりです。


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