「ついてくんなっつってンだろーが!」 「けどアタマぁ…」 おやおや銀ちゃん、今日もお友達がいっぱいだねェ。むさくるしい野郎どもを背中にぞろぞろ従わせた銀時に、タバコ屋のおばちゃんがほうきがけの手をとめてにこやかに朝のあいさつを送ってきた。 おはよーさん、と言い返した銀時に続いて、後ろの全員がちーっす!と色とりどりの頭をさげるのはこのあたりじゃ見慣れたパレードだ。お年寄りには優しくしろ、一般人には手を出すなが信条の銀時に、しっかり従うチーム白夜叉は商店街のアイドルだった。もっともそれはおっさんおばちゃん子供のあいだでしか成立しない人気だ。通りすがる女子高生たちは今日も、バカじゃないのという目で街路樹の影へと避けていく。 「やめたほうがいっすよ。どーせ今回もだまされて終わりですって」 銀時の真後ろを歩くモヒカンが、マスクごしにもそもそとつぶやいた。そのひとつ後ろでそーっすよ、と誰かが言葉を引き継いだらさらにそのうしろでそーっすよ、またそのうしろでそーっすよ。最後尾のヤツにいたってはわざわざ口に手を当ててそーっすよ!と声を張り上げる徹底っぷりだ。ようやく終わりかとおもったら今度は、逆まわりで前に戻ってきた。こいつらなんでこんなバカなわけ。鬱陶しい伝言ゲームに銀時は、唇をヒクヒク引きつらせる。 「このまえのオンナだってヒドかったじゃねっすか」 スタート地点に到着したところでモヒカンがあらたに言う。それにつづいて三人ぶんうしろにいた金髪が、そーそー、とワケ知りなあばたヅラで歩み出てきた。 「ぱっと見イイオンナだとおもったら実は、へぶっ」 「言うんじゃねェ!」 本日二度目の肘鉄をお見舞いしながら銀時は、忘れたい思い出に首すじいっぱいの鳥肌をたちあげる。 銀時だってまるきりモテないわけじゃない。絶対数はおばちゃんが多いけれど、守備範囲内の年齢層だってたまには寄ってくる。 ただ、なぜだかみんな普通の経歴じゃないのだ。実は人妻だったりSM譲だったりヤクザの情婦だったり、夢いっぱいの童貞が食いつくにはヘビーすぎるシロモノばかりだったところに数週間前、居酒屋で知り合ったセミロングのスレンダー美人は、銀時がようやく巡り会った普通の女だった。 まだあの子に会う前のことだ。これでとうとう脱童貞だと、めくるめくピンク色の世界を胸に秘め、はじめて入ったラブホで目にした彼女はスレンダーなくせに巨乳でそして、巨根だった。童貞のまえに処女を捨てそうになったあのときの恐怖は銀時にとって、一生忘れられないトラウマだ。 けれど今度は違う。今度だけは、あの子だけは絶対に大丈夫だ。視界に近づいてきた校門のそば、黄色い腕章をはめたあの子のすがたに銀時は、ぎゅっと拳を握りしめる。 駆け出したくなるのはグッと我慢だ。あくまでクールなふりでポケットに手を突っ込みながら、歩くスピードはさりげなく加速気味に。背後でドウブツたちがなにかわめいたところで、もうなにも聞こえない。あの子がこっちに気づいたからだ。 片手をおおきく振り返す。あの子がほんのちょっとだけ笑ったようにみえた。残り数十メートルを、走ってゼロにできないのがたまらなくもどかしい。 おなじクラスの大好きなあの子は風紀委員だ。毎朝決まった曜日に校門の前で待ち伏せてるあの子の、凛とした立ち姿にぴったりの部活は剣道部。前の学校でもいまの学校でも成績は優秀、おまけに父親は警察官だなんて、まるで漫画に出てきそうなおカタい育ちは自分の目と耳でしっかりと確認ずみだ。 だまされようがなかった。まっすぐな黒い髪と、つりめがちな美人顔をした負けず嫌いで頑固なあの子はなんたって。 「おはよー土方くん!」 どこからどう見てもはじめっから男なのだから。 「坂田テメー、ちゃんとボタン閉めろっつってんだろーが」 目の前にたどり着いたとたん、銀時の名字を呼びすてる土方の声はうなるように低かった。 ほとんどおなじ高さにある目は瞳孔が開き気味だ。顔も成績も姿勢もいい彼は口と態度と目つきが恐ろしく悪いんだけれど、釘つき木製バッドで殴り込んでくるシンナー中毒のヤンキーどもを見慣れてる銀時にしてみればそんなもの、ただのチャームポイントでしかない。 「だーから、前言ったろ?俺すっげー不器用なんだって。生まれてこのかた自分でボタンはめれたことねーの」 大嘘だ。むしろチームのやつらの特攻服だって修理してやれるくらい器用なほうだ。 そもそもこんな言い訳が通用するはずない。ないはずなのに彼には通用してしまった、それだけが理由で、だからってわざわざ注意されるのを知っててボタンを全開にしてくるわけじゃない。 「ったく、しょーがねェな」 彼が自ら銀時のボタンを、はめてくれると知ったからだ。 女みたいに細くはないけれど、かたちのきれいな彼の指が、いつものように銀時のボタンにのびてくる。彼が校門にいる日は校門で、当番じゃない日は教室で、毎朝繰り返されるこの瞬間が銀時には一日のなかでいちばん幸せなひとときだ。 だってまるで新婚だ。どうしてうちの制服はネクタイじゃないんだろう。ネクタイならもっと気分が出るのにと、悔しがったのも過去の浅はかな過ちだった。 「オラ、あご上げろ」 いちばんうえの金具をとめるために彼が、じーっとゆびさきを眺めてる銀時のあごを持ち上げてくれるだなんて、詰め襟だからこそのビッグイベントだ。 至近距離から真正面に見つめられた日にはそれこそ、キスする寸前だった。つい目をつむってしまったってしょうがない。でも顔見えねーのも惜しいよな。けどチュウするとき目ェつむんのはオトナのマナーってゆうもんな。マナー違反はよくねーよな。いかにも童貞っつうか。いやじっさい童貞だけど。そこんとこ極力バレたくねーのがオトコ心っつうか童貞心っつうか。なんて具合に欲望とプライドの狭間でぐるぐると悩んでるときだった。坂田、とつぶやく彼の声が銀時の視界を強制的に現実へと連れ戻した。 「ありゃいったいなんだ」 促されるまま見つめたさきは、サルの群れだった。短ランを着たカラフルなサルたちが直立不動でボスザルに、哀れみの目を向けてるのだ。 かわいそうに。俺たちのボスは性別もわからなくなるほど飢えてるらしい。そんな想いがいっぱいにつまった目をひとつ残らず抉りとってやるのはけれど後回しだ。それよりこの街にきたばかりの彼に、ボスザルの正体を隠しとおさなきゃならない。 だって彼の父親は警察官だ。彼自身はヤンキー漫画を読む程度に理解があるようだけれど、将来のお舅さんに好印象を持ってもらうためにはゾクのアタマをしてたなんて過去、抹消したほうがいい。 学校の連中にはすでに口止めを済ませてある。気の弱いグラサンの校長をピンサロのタダ券で買収して、彼を呼び出してもらったすきに校内放送で全校に呼びかけたのだ。あいつ俺の嫁だから、とついでに宣言したその日から、彼が影で『アネゴ』と呼ばれてるのを知らないのは彼だけだったりする。 商店街のみなさんにはただの仲良しグループだとおもわれてるから、この場を切り抜ければあとはなんとかなるはずだ。 「あー土方くんはまだ知らねーか。コイツらこのへんで有名な中国雜技団」 「ちょっ、ひでェよアタ、うぐっ」 なにか叫びかけたデブの首を銀時は両手で締め上げた。たぷたぷの肉にギリギリ力を食い込ませながら、不信げな彼にはあくまでピースフルな笑顔だ。 銀時は愛に生きると決めたのだ。たとえ、かわいくないけれどかわいいかもしれないような気がしないでもないチームの連中が相手でもここは、こころを鬼にしなきゃいけない。 「コイツなんかスゲーんだぜ?世界一身軽なデブ。バク転なんかできちゃったりして、なぁ?」 おいコラ飛べやデブ。ボスザルがそっとささやく呪いのことばを、けなげなサルたちは確かに聞いた。聞いたら最後だ。歯向かうことなんて許されない。ドSなボスにさからったらどんなことになるか、何年もかけて調教されてきたからこその白夜叉サル軍団だ。 ボスとその想いびとの爆笑を一身に浴びながら、三人がかりで空を飛んだかわいそうなデブの頬に、きらりとこぼれ落ちたのは決して、アブラだけじゃなかった。 next つぎはたかすぎです。たかすぎが大ばかすぎになります。 |