喫茶『エリー』は銀時の学校から歩いて数分。
赤紫色のベロア生地で統一された古くさい店内は、チーム白夜叉が集まればカウンターまでいっぱいになってしまうせま苦しさだ。マスターは妄想癖のヅラ野郎で、おまけにウェイターは巨大なシーツのかたまり。なのに『エリーの特製いちごパフェ☆』が絶品なものだから、糖分が大好物の銀時はマスターが不在の日を狙って通うことにしている。週に何回もナゾの集会に参加してる頭のおかしいマスターに、開口一番説教を押しつけられるよりは気味が悪くても無口な留守番おばけのほうがマシなのだ。
糖尿の気と金の関係からいつもは一個で我慢するパフェも、今日は特別二個食べるつもりだった。体育のサッカーで予定どおり活躍したからだ。あいつぜってー俺に惚れたって。目ェキラキラしてたって。やべーな、そろそろ新品のパンツ買ってこねーと。なんて、間近にせまったハダカのお付き合いにニヤニヤしながら店のなかに入ったのもいまは過去。

「いい加減泣き止めっつーの」

鬱陶しいんだよこのハムヤロー。二人がけのソファをくわえタバコで占領しながら、銀時はテーブルごしに向かいの席でグスグスいってるデブのすねを蹴りとばす。
チームの連中にこの店で待ち伏せされるのは、今日がはじめてじゃない。店の常連なのは知られてることだし、放り出してきた朝のことを考えればヤツらがいるかもしれないと、ほんの少しは嫌々ながら頭に置いていたんだけどそれでも、銀時の顔を見たとたんぐずりだしたデブの鬱陶しさといったら国宝級だった。
おかげで店番だという化け物には白い看板づたいに『営業妨害だ』なんていって説教されるし、罰としてパフェは出してもらえないし、なにより、さっきまで頭のなかを渦巻いてたかわいいあの子の顔は涙とアブラでべとべとなデブの泣き顔に塗りつぶされるしで、いい気分もとことんだいなしだ。銀時は苛立ちまかせに灰皿へ煙草をぐりぐり押しつける。

「俺、俺もうおムコにいけねっすっ」
「モテモテだよおまえは。全国の養豚場から引っ張りだこだよ」
「ひ、ひでェ…っ」

声をあげてブーブー泣き出したデブを腹立ちまかせにもう一発蹴ったら今度は、泣きながら隣のスキンヘッドに抱きついていった。
鼻を垂らしてヒンヒン泣きじゃくる鬱陶しいデブと鬱陶しいうえにまぶしいスキンヘッドとの抱擁は、男同士の熱い友情というよりメタボ気味な息子とその母親だ。さらにその背後でオロオロしながら銀時の様子をうかがってくる短ラン集団の上目遣いにいたっては、もはや恋する乙女だった。鬱陶しい以前にジャンル違いだ。ここまできたら視覚の暴力だ。
もしかして俺、恋に生きる前にこいつらのお守りで一生終えるんじゃねーの。考えたとたん現実にしてくれそうなヤツらの、とどまることを知らない鬱陶しさのなかでうつりゆく街並みを眺めてみたって、見えるものといえばママチャリとガキと腰の曲がったジジババカップル。
電柱の影には犬が一匹、塀のそばにはボンボンくさい真っ赤なポルシェと、真っ黒なハーレーと。

「…まためんどくせーのが来やがったよオイ」

ポルシェから、ハデな柄シャツに学ランをひっかけた男がひとり、ハーレーから黒づくめの男ひとり。降りてきたふたりと目が合うまえに銀時は机に向かって突っ伏した。店のドアがガランガランとカウベルを鳴らす。

「よォ銀時、奇遇だなァ」

クククッ、といかにも悪役くさい含み笑いに、チームの誰かがまた出た、とつぶやく声がした。チーム白夜叉は基本お人好しの集団だ。涙もろいしケンカが強いというだけで立ててくれるそんな連中にさえ、現れたふたりはめんどくさいことこのうえない存在だった。
チーム一体となって目を背ける銀時たちの無言のボイコットに、けれどめんどくさいふたりはめんどくさいならではの空気の読まなさで近寄ってきた。できることならこのまま無視したい。でも無視したら無視できなくなるまでまとわりつかれるのもわかっている。しょうがなく、ほんとうにしょうがなく銀時は、顔をあげた。

「なーにが奇遇だ」

柄シャツ男の片目は眼帯でいつものように隠れていた。けれど一個なくなったところで、目が合ったとたん見せた男のものすごく嬉しそうな瞳には充分イラっとした。
高杉晋助。県内最大規模の走り屋チーム『鬼兵隊』のヘッドにして、その目つきの悪さとでかい態度からとんでもなくアブないヤツだと勘違いされてる男の正体は。

「テメェまた俺のことつけてただろ」

銀時のストーカーだ。

「なんのことだかねェ。俺ァべつに盗聴器しかけたなんざひとことも、」
「言ってるでござるよ晋助。いろいろ台無しでござる」

黒づくめの男のことばに、いまさら気づいたように目を見ひらいた高杉は無駄にシリアス顔だった。それからカッコつけて舌打ちをしたところで、すこしもカッコよくないとわからない程度に彼は、バカだった。
ひとの話は聞かない、すぐひとりの世界にハマってしまう、なんてコミュニケーション能力皆無なバカに、当然ひとりも友達がいなかった幼稚園のころ、砂場でひとり遊びしてた高杉をほんのちょっと可哀相だとおもってかまってやって以来、バカはバカの一つ覚えで銀時のあとをついてまわるようになったのだ。
バカなくせしてやたらと器用だからまたタチが悪い。盗聴器だの自家製ダイナマイトだのつくっては銀時にみせびらかしにくるから、危険物所持で危うく捕まりそうになったこともある。
車を乗り回すようになったのだって、銀時が単車に乗り出したのがきっかけだ。自分も単車を買いたいと成金の親にねだって、そんな危ないものに乗っちゃいけませんと反対されるかわりに買ってもらったのが新車のポルシェ。そしてひとりで乗ったらあぶないから、なんて理由だけで親が呼び集めてできあがったのが鬼兵隊だった。走り屋チームなんてものは仮のすがた、実は大規模な高杉のお守りチームだったりする。

「なァ銀時、」

この世の憂いを一身に背負ってます的な笑みを浮かべた高杉に、銀時はまたイラっとした。いつものやつがはじまる前振りだ。そこかしこからため息が聞こえはじめる。エリーの看板にも『ハァ…』のひとこと。

「テメーにも聞こえるよなァ?テメーのなかに、」
「飼ってません」
「黒い獣の、」
「うめいてません」
「わ、」
「わかってねーしわかりたくもねーから帰ってくんねーかなもう」
「あの、白夜叉どの」

イライラを全身で表現しながらたばこに手を伸ばしかけたところで、黒づくめが耳打ちをしかけてくる。

「あまりいじめないでやってくれぬか。そろそろ泣きそうでござる」

歯のあいだにフィルターを引っ掛けながら振り向けば、プルプル震わせたくちびるをギュウッと噛み締めるバカがいた。これみよがしに大きくため息を、ついてやったとたんびくんっと肩を跳ねさせた日には確かに獣だ。ただしうさぎだ。脳みそのサイズや寂しがりっぷりだけがうさぎなら、だからってこんなにイラつかないんだろう。げんに中学あたりまではうんざりしつつもそこそこかまってやっていたものだ。飼育委員としての使命感さえ、けれど台無しにしてくれるほどイラつくようになったのはバカが、バカなくせに自分よりはやく童貞をキったからだ。放っとけないからだのあたしが面倒みてあげなくちゃだの、女受けのやたらいい高杉は経験値までが年中発情期のうさぎ並みだった。しかもどの女の子も可愛かったりするものだから銀時は、いまじゃ幼なじみのバカうさぎに憎しみさえ覚えている。

「おめーらがそーやって甘やかすから図に乗んだろーが」

俺だって甘えてーよ。土方くんと甘い夜を過ごしてーよ。むさくるしいバカとうっとうしいバカで囲まれた空間から逃げ出す手段を、そのとき銀時はようやく思い出した。
スポーツバッグのなかを探りはじめる。パスケースに入れた学生証の裏側には、写真部のやつに隠し撮りさせたあの子の写真が入ってるのだ。ジャンプのしたに手を突っ込んだらけれど、入れた覚えのすこしもない紙切れの感触にぶち当たった。
プリントなんてもらっただろうか。くしゃくしゃになった紙をひろげた、そのとき、気がついたら銀時は立ち上がっていた。


『白夜叉へ。
土方十四郎は預かった。返してほしければ今日の午後二十三時、港の第四倉庫まで来い。「I」』


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かつらっぷは難しいので諦めてしまいました。


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