「だーかーら!何回も言ってんだろーがよ!」

「だってさぁー…」

 

 夏休みのヒマ人三人、現在平日の真っ昼間からショッピング中。

 イメチェンしたいらしいサンジの『お前らのネタを提供しろ』っつう駄々コネ指令のもと、おれ様ご用達の古着屋だのゾロご贔屓のセレクトショップだのさんざん巡り巡った挙げ句、暑さに負けて飛び込んだマックはそれこそクーラー天国。今じゃいっそ寒いくらいだ。

 市松模様の広いフロアにまとまりなく並ぶちゃっちいチェアは、同類と思われるガキンチョ共で大にぎわいで、そのうちの女の子グループ何個かがおれ達のほうをチラチラ見ては楽しそうにひそひそ喋ってる。なんせ目立つからな、おれ達三人まとまって動くとよ。今回みてぇないい意味でも残念ながら悪い意味でも。

 もっとも、いつもならそういうのいちばん喜ぶはずのサンジが、今は生憎それどころじゃねぇ具合にぶすくれてるから、おかげでおれ様、かわいい女の子達の視線に浮かれてる暇もなくこのバカ金髪の飼育係だ。

 ゾロはといえば、どーでも良さそうな顔で椅子にふんぞり返ってLサイズのポテト食ってっからちっとも役に立ちゃしねぇ。

 ったく、テメェのカワイイ弟の面倒くらいテメェでみやがれってんだ。めんどくせぇことは全部人に押しつけやがって。おめーそれでも長男か?

 

「オレもそーゆうカッコしてみてぇんだもん」

 

 サンジがグラサン越しのジトッとした眼で指差したのは、おれが着てるアロハシャツ。

 カラシ色に渋いハイビスカスが散らばったおれ様お気に入りのこのシャツは、古着屋十件くらい回ってようやく探し当てたプレミアもんで、きっちりくくった自慢のドレッドにビンテージもののジーンズとデカレンズのグラサンを合わせりゃ、イカれたハーレーで高速ぶっ飛ばしたい気分だ。免許ねぇけど。

 まぁ憧れる気持ちもわかるさ。でもなぁ。

 

「おめーじゃどう頑張ってもヒモにしか見えねぇんだって。なぁゾロ?」

「パチ屋によく居る感じだな」

「ぶっ」

 

 たまにうまいこと言うよなこいつ。ついつい吹き出しちまったおれに、ゾロはニヤっと目を細めながらぽいっとポテトを口に放り込む。

 けれどますますしょぼくれ顔になったサンジに、おれは慌てて笑いを引っ込めた。

 

「ほらな?だからいい加減諦めろって」

「…うー」

「うーじゃねぇ」

「じゃあ、あーゆうの…」

 

 とサンジに指差されたのは今度はゾロだ。迷彩柄のグダッとしたパンツにごっつい編み上げシューズとストリートアートもどきのロゴ入りキャップ。

 おいおい、いくらなんでもこりゃ無理だろ。

 

「あのな、おめーがあんなカッコしたらまんまコスプレだぜ?だいいちおめー、死ぬほどキャップ似合わねぇじゃねぇか」

「かなりアキバ系だよな」

「んだとテメェっ!?」

 

 サンジが怒鳴り声とともに勢いよく立ち上がった。その拍子に飲みかけのコーラがぶっ倒れそうになったが、おれのおかげで間一髪の救出だ。なんたっておれの分だしな。

 ただ、ゾロは相変わらずもそもそポテト食ってるわギャラリーの視線は一気に集中するわで、きまり悪くなったんだろう、サンジは悔しそうに唇を噛み締めながらドスンっと席につく。

 さて、そろそろフォローの入れ時か?

 

「まぁまぁ落ち着け。あんな偉そうにしてっけどよ、ゾロのヤローだって、おめーみてぇなピンクのTシャツ着てピタッピタのジーパンなんざ履いた日にゃあマジモンのゲイに大変身だ」

 

 サンジとゾロの顔が、一瞬同じタイミングで驚いた。

 と思ったら、

 

「…っアハハハ!確かに!」

「っウソップてめぇ、」

 

 そっからは大笑い方面としかめっ面方面にそれぞれ分岐。ガンつけてくるゾロのヤローにおれは「へっ」てな感じで笑い返してやる。

 こちとらおめーが幼稚園のお泊まり会でおねしょしたことだって知ってんだ。今さらどうスゴまれたって笑えるだけだっつうの。

 

「そのうえんなワニ皮のベルトしてみろ。イギーポップもびっくりなセックスドラッグそして鬱陶しいロックンロールだ」

「ウザッ!マリモウザッ!」

「おい!黙れウソップ!」

 

 聞こえません。一人でのん気にポテト食ってたヤツの声なんか聞こえません。長男のくせに末っ子気取りなマザコンの声なんて聞く気ありませんってんだバカめ。

 すると、ヒーヒー笑い転げるサンジとニヤニヤほくそ笑むおれの顔を交互に見比べていたゾロは、突然、おれとサンジの残り少ないポテトを両手にガサっと掴み上げると、

 

「あーっ!」

「おれのポテト!」

 

 ざらざら口に流し込みやがった。

 おれとサンジ、ショックのあまり二人同時に起立。呆然と突っ立ったおれ達に向かって、ゾロは口の中いっぱいにポテトをほうばりながらふんっと偉そうに笑ってみせる。

 チクショーこいつ、おれらが最後のしなっしなのポテト好きなの知っててやりやがったな。

 

「出せ!今すぐ出せ!」

「もしくはもいっこおごれ!」

「いーやーだーね!」

「死ね!死んじまえこのバカ!」

 

 ところが、おれがゾロの襟ぐりを掴んでガンガン揺さぶりつつサンジがゾロのスネをガスガス蹴りつけているときだった。背後から野太い声で「ウソップちゃん?」と名前を呼ばれて、おれは反射的に振り返った。

 この呼び方はもしかして。

 

「やだぁ!やっぱりウソップちゃんだー!」

「おお!バニラちゃん!」

 

 そこには、おれより十センチはでかい体にレースたっぷりのノースリーブワンピを身につけたオネェさま、いやおニイさまか?微妙なところだな、まぁとりあえずいろんな意味でものすごい迫力の現役ドラァグクィーン様が、モデルばりのスマートなポジショニングでお立ちあそばされてらっしゃった。うーん、相変わらずすばらしい上腕二頭筋。ゾロに張るんじゃねぇか?

 カノジョ、うんまぁカノジョってことにしとこう、カノジョはバリューセットの載ったトレイを近くの空きテーブルに置くと、会うたびにこれがホンモノだったらなぁと思わずにはいられない、メイドオブシリコンアンドホルモン注射のぷりっぷりなおっぱいを全面に押しつけておれに抱きついてきた。おれは息が詰まりそうになるのを堪えながらなんとか丁重に引き離す。

 するとカノジョは、オレンジ色のチークが乗った頬をぷぅっと膨らませて拗ねてみせた。

 カワイイかどうかは置いとくにしても、化粧がゲキウマなことだけは事実だな。まったく、マスカラ塗りたくるだけのガキンチョ共に見せてやりてぇぜ。

 

「もーウソップちゃんたら全然顔出してくんないんだから。お店のコみんな寂しがってるわよぉ?」

「いや、わりぃわりぃ。なんせ金がなくてよ」

「お金なんかいらないわよぉ!ウソップちゃんはうちの店のアイドルなんだから。ああもう相変わらず男前!」

 

 おっとあぶねぇ。リベンジされそうになったハグをさりげなく避けたところで、おれは、ふと思い出して背後にいるはずのゾロとサンジを振り返ってみた。

 おお、予想通りコンクリート化。とくにゾロのほうなんて顔がピクッピク引きつってやがるもんだから、おれは思わず苦笑いだ。こいつ、サンジのことに関して以外はなかなか保守的だからなぁ。やっぱ将来は公務員志望か?

 とにかくおれは、固まりどおしの二人にカノジョを紹介することにした。

 

「この人はバニラちゃんっつってな、二丁目のゲイバーで働くドラァグクィーンだ。前におれが良く行くハコでゲイパーティやってたんだけど、そこで意気投合しちまってよ」

「どうもーバニラでぇーす」

「ちなみに本名は利夫ちゃんだ」

「やだもー言わないでよー!」

 

 カノジョはシャレになんねぇパワーでバシンっとおれの肩を小突くと、二人に向かってニコォっと愛想よく笑ってみせた。

 そしたら、かろうじてぺこんと頭を下げて返したサンジに対して、ゾロはますます硬直状態。さっきまでの偉そうな態度なんてこれっぽっちもない、いっそ情けねぇほどのそのさまに、おれはちょっと笑えてくる。

 ふん、イイ気味だっての。人のポテト盗りやがった罰だ。

 

「で、バニラちゃん、こいつらおれのダチで、金髪のほうがサンジ、もうかたっぽがゾロってんだ」

「あらやだ二人ともカワイイじゃないの!」

 

 キャッキャっとはしゃぐカノジョに、だいぶ慣れてきたのかサンジは引きつりながら笑ってみせた。ゾロはといえば…まぁ頭下げれるようになっただけマシか。相変わらず顔面マヒ状態だけどよ。

 

「ねぇねぇウソップちゃん、二人ともノーマル?」

「うーんなんつうか、限定ホモ?こいつらお互い同士のみで男オッケーっつうか」

「え!うそ!この二人つき合ってんの!」

「最近な」

「うううウソップっ!」

「んだよ、別にいいだろ?相手はその道のベテランだぜ?」

 

 そのとき、顔を真っ赤にしながら周りの眼を気にするサンジと対照的に、ゾロの眼がキランと光った。

 こいつ、いくらなんでも分かりやすすぎだろ。つーか分かりたくねぇし。昼間っからイカガワシイこと考えてんじゃねぇぞコラ。

 ところがカノジョは、そんなおれの純情なんかにゃ気づきもせず、ヤな意味でポジティブなゾロのヤローを、

 

「ねぇねぇ三人とも、今からうちの店遊びに来ない?」

 

 更につけあがらせるような提案をしてみせたわけで。

 

「どうせまだ開店前だからお客さんいないしぃ」

「行く」

 

 誰よりも先に即答したゾロに、おれは心底うんざりするハメになった。

 

 それから約三時間が経過。

 

「とっきーのなーがーれーにみーをーまーかせぇー」

「まーかせぇー!」

 

 酔っぱらった顔をヘラヘラ緩めながら熱唱するサンジに、元気いっぱいの野太い声でコーラスを贈るのはきらびやかな衣装を身にまとったオネェさまたち。おれはやる気ねぇ感じでそれに混ざりながら、ゾロのいる席に眼を移す。

 開店前の薄暗い店内はベロア生地のソファがせせこましくない程度に散らばっていて、そのうちの壁際の席にゾロとバニラちゃんが座っていた。

 バニラちゃんの言葉に真剣な顔で頷きながら、人さし指をクイクイ動かすゾロは見ててかなりハレンチだ。あーやだやだ。いったいどんなご教授をたまわってらっしゃるんですかねいったい。まぁぜってー知りたくねぇけど。おれは改めてうんざりしながら目を反らす。と、今度はオネェさまたちのスタンディングオべ—ションに両手を上げてポーズをつけてるサンジ発見。

 なんつうか、ほんと順応性高いよなこいつら。まぁ楽しんでんならそれでいいんだけどよ。へたに外歩いて絡まれるよりはおれも楽でいいしな。まったく手のかかるホモどもだぜ。

 ところがここで、恐ろしい発言をしでかすオネェさまが。

 

「ゾロちゃーん!次はゾロちゃんが歌ってぇー!」

 

 やべぇ。それはやべぇ。

 思わずステージに目をやれば、サンジはおれに瀕死の魚みたいな目で『死にたくねぇ』と訴えていた。おれだって死にたくねぇ。死にたくねぇけど、でももう遅い。

 

「…しょうがねぇな」

 

 ああほら。火ぃついちまった。ゾロは全然しょうがなくなさそうな顔で笑ってみせると、立ち上がってスタスタとステージのほうへ近づいていった。涙眼で首をブンブン振るサンジを端に追いやって、ぶんどったマイクの構えばっちり、立ち位置もばっちりでその場に仁王立ち。

 イントロが流れ出した。来る。アレが来る。おれはスピーカーからいちばん離れた店の隅っこに逃げ込んだ。遅れてサンジも到着。二人してしゃがみ込んで力一杯耳を塞ぐ。たとえ無駄だと分かっていても。

 恨むぜオネェさま。せっかくここ二年ほど聞かねぇで済んでたのに。

 ゾロのあの、

 

「ふーゆーにーおーぼえーたー」

 

 人間離れした大音量のオンチっぷりを。

 店中が凍りついたのがわかった。おれはサンジとアイコンタクトで頷き合うと、忍び足で出口に歩み寄ってそっとドアを開いた。一人づつ体を滑り込ませてから同じくそっと閉める。許せ、バニラちゃん。おれたちだって自分の命が惜しい。

 

「すーとーおーぶーのなーかー」

 

 走り出したおれたちの背中を、キィンっと悲鳴を上げたスピーカーの音が断末魔のようにすがりついてくる。ドア一枚くらいじゃとても防ぎきれねぇゾロの声に、改めてぞっとしながら、おれは、今度バニラちゃんに会ったらなんて言って謝るか考えた。ああでもバニラちゃん。オンチなうえに歌いたがりなあのヤローを、マイクのある場所に誘ったアンタにだって責任はあるんだ。

 見慣れた駅まで辿り着いたところで立ち止まると、おれたちは近くにあったへこんだガードレールに寄り掛かった。ゼェゼェ息を切らしながら、おれはサンジに向かって言う。

 

「おい、あの最終兵器オンチいつ回収する?一人じゃ帰ってこれねぇだろ?」

 

 するとサンジは同じように息を切らしながら、酔いの覚めきってない赤い顔でおれを見た。。

 

「追いだされりゃ向こうから連絡するだろ」

「追いだす前にみなさんご臨終かもしんねぇけどな」

「…ご冥福を祈るばかりだ」

「まぁあのオネェさまたちなら地獄の底から這い上がってこれそうだけどな。金棒の代わりにパンティストッキング振り回して」

「オニよりこえーなそれ」

 

 ケッケッケっと品のない笑い声をあげながら、二人でグラサンをかけ直す。

 

「なぁ、腹減らねぇ?ファミレスでも行こーぜ」

「賛成。喉乾いたし」

 

 そうして、まだ明るい人混みの中をダラダラと歩き出したおれたちが、立ち退き代にウィスキー一本せしめたゾロに再会するのは、それからニ時間後くらいのことだった。

 満足そうな顔のゾロに顔を引きつらせながら、おれは、アホなのがサンジだけじゃないことに嫌ってほど気づくわけで。。

 ついでに、そんなアホ二人と懲りずにつるんでるおれが、もしかしたら誰よりもアホなのかもしんねぇ、なんて思っちまったことは、悔しいから言ってやんねぇことにする。 

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