ゾロのちんこはとっても小さい。

 皮はばっちり剥けてるし立派に勃起も射精もできるのに、サイズだけは小学校三年生のころから変わらないままだ。

 ゾロにとってソレがものすごいコンプレックスになったのは、中学校の部活の合宿で皆と一緒に大浴場に入ったときだった。そのとき十人くらい居た仲間達が、ゾロのちんこを見て一斉に笑い出したのだ。お前いくらなんでもそりゃちいさすぎだろとか言って。

 ゾロは恥ずかしくて死にたくなって、顔を真っ赤にしながら風呂場から逃げ出してしまった。以来、ついたあだ名は「ハウス」。とんがりコーンの発売元だ。

 ゾロはそのあだ名とみんなのにやけた顔が嫌で嫌でしょうがなくて、だから高校は家から電車で一時間もかかる男子高にした。

 知り合いが誰もいないその高校は地元で評判のハキダメ高校で、シンナー中毒なやつとか喧嘩に強くなるために拳を自ら潰したやつとか、今時直径十センチはあるリーゼントを毎日丁寧にとかしてるやつとか、単純に頭が悪すぎて他のどこにも受からなかったやつとか、そんなのばっかりだったけれど、仲良くなってみればみんな結構いいやつで、なにより、アレのことを誰も知らなかった。おかげでゾロはとても楽しい高校生活を送ることができた。

 ゾロは小さい頃から剣道をやっていて、県内では敵無しだった。

 他所の高校との縄張り争いのときには必ず木刀を持たされて道連れになって、挙げ句何度か警察沙汰になったんだけれど、漁師だった父親はむしろそれを喜んで褒めてくれたから、まぁ別にいいかとゾロも気にしなかった。

 ただ、そのせいで彼女が一度もできなかった。普通の女の子は恐がって近づいてこないからだ。ゾロは見た目自体は悪くなかったから、ごくたまに、ゾロのことを何も知らない子が、電車で見かけてひと目惚れしましたとかいって告白してくれたけれど、だからってとてもつき合う気にはなれなかった。ゾロは面食いだったのだ。自覚はないにしても。

 そんな高校生活もあっという間に終わって、ゾロは父親の後について漁師の仕事をするようになった。

 そしてはじめての彼女ができた、その日から、ゾロのコンプレックスに埋もれきった人生が復活するのだ。

 はじめての彼女は、漁師仲間のおじさんたちとよく行くキャバクラの、栗色に染めた髪がとても綺麗な売れっ子ナンバーワンのグラマー美人だった。

 ゾロは最高に嬉しかった。だって、その子はほんとに美人で、ちょっと気は強いけれど優しくて、今まで近づいてきた数少ない女の子とたちとは段違いにゾロの男心をくすぐってくれたのだ。

 けれど、はじめてのデートに二人でテーマパークに行ったとき。

 仕事用じゃない、可愛らしいスカートをはいた彼女はそのスカートに負けないくらい可愛くて、ファッション雑誌を見て一生懸命研究したゾロの格好も彼女はとても喜んでくれて、二人で手をつないで歩き回った、その夜。

 彼女の住む部屋に招待されたゾロは、そのままベッドにも招待されて、ゾロのぎこちないキスに笑う彼女に正直に童貞だと伝えたら、彼女は誘うようにゾロの手を引いてくれた、そこまではよかったのだ。

 

『っ…キャハハハ!なにそれー!赤ちゃんみたーい!』

 

 下着姿のまま腹を抱えて笑う彼女は、やっぱり可愛かった。

 ゾロはあのときと同じように、死にたい気持ちを抱えたまま、その辺に転がっていた服を引っ掴んで彼女の部屋から逃げ出した。誰もいない夜道を走りながら、ちょっとだけ泣いた。

 それからも、いろんな女の子がゾロに好きだと言ってくれた。

 漁港の近くの釣り場に通うショートカットの子とか、近くのスナックのホステスとか、ガス欠で困っていたところを助けてあげたサーファーの子とか、趣味も格好もとにかくバラバラだったけれど、それでもみんな可愛かったり美人だったし、そのうえ優しかった。アレのことを嫌というほど自覚しなおしていたゾロが、今度こそ大丈夫かもしれないと、つい希望を持ってしまうくらい。

 でもやっぱり、あの恥ずかしくて死にたくなる思いからは逃げられなかった。

 最初のうちはゾロだっていろいろ試行錯誤を繰り返したのだ。アレさえ見せなきゃ大丈夫だと思ったから、AVを借りて研究してはうまいこと彼女をだまくらかしながら入れる寸前までを何度も何度も繰り返してたら、終いには指一本でイかせられるまでになったのだ。

 でもそれは逆効果だったみたいで、彼女たちはますますゾロのアレに期待を抱く始末。余計にしつこく最後までしてほしいとお願いされた挙げ句、アレを見せたところではい終了。

 そのうちゾロは、恥ずかしいを通り越してうんざりしてきて、いっそこうなったらホモにでもなってやろうかと思うようになったのだ。

 けれど、試しにハッテンバに行ってみたものの男同士のイチャイチャシーンにやっぱりうんざりするし、ゲイビデオを見てはうんざりどころか吐きそうになるしで、そうか、ホモもダメか、じゃあ俺は一生一人身の童貞か、とやさぐれていたころに、父親が死んでしまった。ゾロは母親と二人で魚屋をはじめることになった。

 そして、店を出すために越してきた商店街で、サンジに会ったのだ。

 配達にいくたびに、サンジはゾロに向かってとても可愛く笑ってくれて、面食いなゾロは速攻で惚れた。垂れ目がちな青い眼はやたらと色っぽいし、真っ白な肌はかぶりつきたくなるし、小さな尻は揉みまくってやりたいしで、ゾロはこいつが相手ならホモでも全然イケると思った。生憎サンジはホモじゃなかったし、どころか相当な女好きで、期待なんて少しも持てなかったけれど、今さらどんな恥をさらしたって怖くなかったから、玉砕覚悟で告白した。

 そしたら、信じられないことにサンジからOKを貰ってしまったのだ。

 しかもアレを見て引くどころかサンジのほうから「セックスしよう」と言ってくれて、やってみたら死ぬほど気持ち良くて、サンジは可愛くてやらしくて、ゾロはもう泣きたくなった。嬉しすぎて泣きそうになった。

 ゾロにとって、ピンクがかったバラ色の毎日がはじまった。

 仕事をして、サンジの家で飯をごちそうになって、ゾロの部屋でセックスをして、二人で抱き合って眠って。たまに殴り合い蹴り合いの喧嘩もするけれど、すぐに仲直りできたし、アレのことは相変わらず恥ずかしかったけれど、もう死にたいなんて思うことはなかった。

 ところが、そんな幸せのど真ん中に浸りきっていたゾロに、大きな試練が舞い込んだのだ。

 

『あのさ、しばらく、セックスするの止めよう』

 

 いつものようにゾロの部屋でヤッた後のことだった。ゾロの腕枕にさらさら散らばるサンジの髪を、弄って遊んでいたゾロに、サンジは、ゾロの肩に顔を埋めたままとても躊躇いがちにそう言ったのだ。

 ゾロはまっ先に、アレのせいだと思った。

 セックスのときはいつも、サンジは泣き叫ぶように善がりまくるから、ゾロはちゃんと気持ち良くさせてやれてるんだろうと満足していたのだ。

 でもほんとは、アレじゃ物足りなかったのかもしれない。やらしい声も表情も、全部ゾロのための演技だったのかもしれない。ゾロは、自分がどうしようもなく情けなくなった。惚れた相手の一人、満足させてやれないなんて。

 男として最悪だ、俺は最低だと、涙声でそう謝り倒したゾロに、必死になって否定してくれたサンジが、教えてくれたほんとうの理由は、けれどまったく逆だった。

 

『良すぎて、怖いんだよ』

 

 ゾロのアレは、ものすごく硬いんだそうだ。

 しかも、サンジのイイところをちょうどピンポイントで攻撃できるサイズなんだそうだ。

 だから入れられたら最後、頭がおかしくなるくらい感じてしまって、死にそうになってしまうんだと、それがとても怖いんだと、しどろもどろに呟きながら、そのときのことを思い出したんだろう、ほんとに怯えるサンジを見たとき、ゾロは、決心した。

 今まで恥ずかしくて情けなくて、なけなしのプライドが許さなかったけれど、サンジのためならやってやろうと。

 サンジを恐がらせないですむセックスができるなら、いくら金がかかったってかまいやしないと。

 ゾロは、ちんこを人並みに大きくしてもらうために、病院に行く決心をしたのだ。

 

 

 

 

 

「君さー硬いんだよねー」

 

 車輪つきの椅子に後ろ向きに跨がって背もたれをギコギコ揺らしながら、真っ赤な髪をした医者はにまぁ、と笑った。

 ゾロはあくまで無表情に、背筋をピンと伸ばして丸椅子に座っていたけれど、内心はへにゃへにゃだった。やっぱり来なきゃよかったと何回も繰り返しては、くじけまくっていた。

 頑張って調べたのだ。

 雑誌の読者体験談とかいちばん後ろに載ってる広告とか、ネットとか、ポストに入ってるチラシとかで、どこの病院が信用できるかものすごく頑張って研究したのだ。下手なところに行って失敗したら切ないし金がもったいない。

 そうして見つけたのがこの『赤髪病院』だ。変な名前の病院だなと思ったけれど、どの体験談でもベタ褒めだったし、サイトに載ってた値段表もいちばん分かりやすいしそのうえ安かったから、乗ったこともない路線の電車に迷いながら何時間もかけてやって来たのだ。なけなしの貯金を握りしめて。

 正直、かなり不安だった。

 ちょん切られちゃったらどうしようとか、変なものを埋め込まれたりしたらどうしようとか、病院までの道を歩きながらいろんなことを考えて鬱になった。どんなにちっちゃくてもゾロにとっては大事な分身だ。

 それでも、辿り着いた建物は小綺麗だったし、受付の男は人相は悪いしロンゲだったけれどとても親切かつクールに検査室まで誘導してくれたし、CTだとかいう機械もなんだかハイテクっぽかったから、やっぱりここで良かったんだと、待ち合い室の椅子に座りながらほんのちょっとホッとしていたのだ。

 なのに。

 

「俺もさー硬さには自信あるけどさーさすがにこれはなー負けちゃうよなー」

 

 なのに、なんなんだろうこのインチキクサい医者は。

 髪は真っ赤だし、顔にはそのスジの人にも負けないようなざっくりした切り傷が三本も入ってるし、なにより喋り方が妙にフレンドリーで軽薄だ。

 こいつ、ほんとに医者なんだろうか。ゾロの股間のあたりに向かって「おーい元気かー」とか声をかけてる赤髪の医者に、ゾロは、 さっきの受付の男のほうがよっぽど医者っぽいんじゃないかと思う。

 でも人は見かけによらないって言うし、と自分を一生懸命慰めて、「おれは元気だーもうすぐ四十にしてはなー」と一人上手に会話をしてる赤髪に声をかけた。

 

「それで、俺はどんな治療すればいんすか」

「んー」

 

 赤髪の医者は、背もたれに乗っけた顎をカクカクさせながら上目遣いでゾロを見た。それがあんまり気色悪かったものだから、ゾロは思わずびくっと体を強張らせた。こんな変な医者しか頼る相手がいないのかと思うと、かなり惨めな気分だ。

 

「君さーお魚屋さんなんだってー?」

「…だったらなんなんすか」

「じゃあさー治療費はカニにしてくんない?すげぇ食いたいんだけど高くてさーベンちゃん買ってくんねぇんだよなー」

 

(誰だよベンちゃんって)

 

 ゾロはどっと疲れた。体力と忍耐力には自信があるけれど、こいつにだけはかなう気がしないと悟ったからだ。

 だって、そもそも会話のキャッチボールが成り立たない。まるで消える魔球だ。バントも無理だ。こんなのを相手にするにはメジャーリーグ級の投球力が必要だ。

 ところが、一回表から勝負を捨てたゾロがもう帰ろうと思ったときだった。どこか他の病院を探そうと、思って立ち上がろうとしたら、その前になぜか赤髪が立ち上がったのだ。しかも床じゃなく椅子の上に。まるで今にも「赤レンジャー参上!」とか叫びそうな勢いで両手を腰に当てて。

 そして、ものすごく偉そうにゾロを見下ろして言ったのだ。

 

「三か月」

「は?」

「君が俺の言う通りにすれば、三か月で誰もが羨むビッグマグナムに大変身だ」

 

 ドッカーンってねっ、なんて言ってケラケラ笑う赤髪に、ゾロはとうとう、もうどうでもいいから早く帰らせてくださいと疲れきった声で呟いてみた。

 予想通り、聞いちゃくれなかったけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あんなこと、言わなきゃよかった)

 

 店のカウンターに寄り掛かって、サンジは長く重たいため息を吐く。

 閉店後の食堂はサンジ以外に誰もいなかった。物音ひとつしない、ぼろっちい丸椅子が並ぶ木造の狭い空間は、妖怪図鑑から飛び出てきたような薄気味悪さで、せっかくありったけの蛍光灯をつけたのに全然意味がない。

 ならなんでわざわざそんなところにサンジがいるかというと、思いきり暗くなってヘコみたい気分だったからだ。今なら墓場で運動会だってできるくらい、サンジは暗くじめついていたのだ。

 サンジのお願いした通り、ゾロはサンジに手を出そうとしなくなった。

 同じ男としてかなり酷なお願いだったことはサンジだって十分わかっていた。それでも、サンジが本気で頼めばゾロが断れないことはわかっていたから、ちょっと卑怯だとは思いつつわざと悲壮な感じで言ってみたのだ。

 そしたら案の定、ゾロはサンジの言うことを聞いてくれて、どころか謝られてしまったのだ。

 ずっと辛い思いをさせて悪かった、なんて切腹間際のサムライみたいな顔で言われたときにはなんだかものすごく罪悪感を感じてしまったんだけれど、あの瀕死の状態まで追い込まれるセックスのことを考えたら、やっぱり言ってよかったと思っている。そのくらい、 サンジにとってはキツかったのだ。しばらくゆっくり対策を考えたいくらいに。

 でも、だからって、キスさえしないのはどういうことだろう。

 

「…一か月かぁ」

 

 壁に貼ってあるグラビアアイドルのカレンダーをちらっと見て、サンジは、あーあ、と呟く。

 今日でもう一か月も、サンジはまともにゾロに触ってなかった。

ゾロの家に行ってないからだ。今までと同じように毎日、サンジのいる食堂にゾロは飯を食いにくるけれど、その後ゾロは一人でさっさと帰ってしまう。

 サンジの家にはジジィがいるし、そのうえ最近なんとなくゾロとのことに勘づいているらしくて、ゾロが来てるときはやたらサンジの部屋を覗いてくるから、おかげで以前ならサンジの家でも可能だったほんのちょっとのスキンシップだって今ではさせちゃくれないのだ。

 それでもゾロには相変わらずいろいろ世話してやるあたりお人好しだなとサンジは思うんだけれど、とにかく、そうなるといちゃつくにはゾロの家に行くしかないわけで、なのにゾロは、たとえサンジから行きたいと言い出しても、曖昧に笑うだけで連れてってはくれないのだ。

 

(バカじゃねぇのあいつ)

 

 サンジは、なにもするなと言ったわけじゃない。

 あくまで入れられるのが辛いだけで、キスとか、触りっこだとか、そういうことはいくらだってできる。むしろしたい。セックスできなくなったぶんを、取りかえせるくらいいっぱいしたいのに、どうしてそのくらい思いつかないんだろう。

 これだから脱童貞歴半年は困る。恋のかけひきってものを全然わかっちゃいない。サンジはぶつぶつとネクラな感じで「ばーかばーか」とゾロへの呪いを呟いてみる。

 

(せっかく人がご奉仕してやる気になったってのによー)

 

 酷なお願いを聞いてもらったかわりに、サンジは一度もしてやったことがないフェラもしてやる気でいたのだ。してやるというか、ぶっちゃけちょっと楽しみにしてたのだ。

 別に、今まで嫌がってたわけじゃない。単に思い出す暇もなくゾロに乗っかられて、たぶん無生物仕込みの前戯にふにゃんふにゃんにされてしまって、気づいたら入れられていたのだ。でも触りっこなら、オレにもフェラさせてくれと頼む余裕もできそうな気がしたから、これは絶好のチャンスだとうきうきしてたのだ。

 実はサンジは、ゾロのイく顔をまともに見れた試しは今まで一度もない。

 ゾロがイくころにはいつも死にそうになっていたからだ。でもフェラならサンジのペースに持ち込むことができるから、ゾロの顔だって見放題だ。サンジはそれが楽しみでしょうがなかった。しばらくセックスしないと言い出した理由の三割くらいはそのためで、  そのくらい、見てみたかった。見たくて見たくてしょうがなかった。

 汗の伝う顔を歪めて「っ…く」とか呻きながらイくゾロを、想像するだけで身震いするほど興奮してしまえるのに、もっと最高にエロいはずの実物を、見たくないわけがないのだ。

 

「あークソ、触りてぇ」

 

 サンジは重たい手つきでポケットから煙草を取り出すと、ソフトケースをトントンと上下に振って一本取り出した。銜えたはいいもののなかなか点火してくれないライターに、カチッカチッと荒っぽく金具を引っ掻きながら、思わず舌打ちをこぼす。なんだか悔しくなってきた。まるで、自分ばっかりが餓えてるみたいだ。

 ゾロがどうしてなにもしないでいられるのか、サンジは不思議でしょうがない。

 サンジなんてここ一か月、イライラしてムラムラしてしょうがないのだ。マスをかこうと思っても相手がいるのにと思ったら虚しすぎて嫌になるし、だからって間に合わせに風俗に行くなんて一途主義なサンジには許せないしで、とにかく溜めに溜めこんでいるのだ。 恋人のいるピチピチな十代として当たり前の反応だ。

 なのに、どうしてゾロは平気なんだろうか。平気なくらい自分で抜いてるんだろうか。それともあの年で枯れてしまったのだろうか。

 いや、そんなわけはない。ほとんど毎日人のことを押し倒してたような男が、そう簡単に枯れるわけがない、と、思ったところで、サンジはふと、ネクラな心境ならではのものすごく嫌な仮定に行き着いた。

 もし、別の相手を見繕ったんだとしたら。

 ゾロのあの超ミニタイプを見ても笑わない、入れさせてくれる相手を、他所で見つけたんだとしたら。

 

「…っぶっ殺す!」

 

 妖怪パワーとネクラパワーを全部ヤキモチに入れ替えて、サンジはぐわっと立ち上がった。

 大股で出口に向かって歩き出す。ガラガラガラっと乱暴な音とともに引き戸を開けて、外に出たら今度は再び乱暴に閉めた。店のニ階から「うるせぇぞチビナス!」とジジィの怒鳴る声が聞こえてきたけれど、今はそんなものにかまっていられる暇はなかった。余裕もなかった。ゾロのことで頭の中はいっぱいだった。

 ほとんど駆け足の勢いで暗い夜道を歩きながら、サンジは煙草のフィルターをギリギリと噛み締める。

 問いつめてやる。どうしてなにもしないで平気なのか問いつめて、返答次第では蹴り殺してやる。

 幼稚園児並みに短小なくせに。オレがいなきゃ一生童貞だったくせに。無生物相手に前戯の練習してたくせに。

 セックスのたんびに好きだ好きだって馬鹿みたいに繰り返すくせに。眠そうな眼でいつまでも人の髪を弄るくせに。目が覚めてオレがいないと迷子みたいな眼でうろちょろ探し回るくせに。見つけた途端死ぬほど嬉しそうに笑うくせに。犬の子みたいにすりよって甘えてくるくせに。そんなやつを今さら。サンジは銜えた煙草を地面に叩きつけた。

 今さら、誰が手放してやるもんか。

 辿り着いたゾロの家は相変わらず鍵がかかっていなかった。

 ゾロの母親が八百屋のやもめと同棲しはじめたことを商店街に知らない人間はいない。サンジは真っ暗な家の、風呂場にだけ明かりが灯っていることをめざとく見つけだして、今まで何度も世話になったその場所に迷うことなく直行した。

 脱衣所を通り抜けて、風呂場の扉を力いっぱい押し開けた、そこには。

 

「っ…お前、それっ」

 

 マスをかくにしてはどうにも奇妙な感じに両手を動かすゾロと。

 サンジが知るより明らかにひと回り大きくなった、ゾロのちんこがあった。

 

 

 

 

 

「医者に言われたんだよ」

 

 そういや前にもこんなことがあったな。ゾロの部屋に見覚えのある配置で座るサンジと、そのつむじを眺めながら、ゾロはぼりぼりと頭をかいてみる。

 もっとも、あのときと同じようにみっともない気持ちはあるけれど、捨てられるかもしれない不安がどこにもないだけマシだろう。

 

「よくわかんねぇけど、ここには、」

 

 と言いながら自分のソレを眼で示したら、サンジの視線も一緒に集中するのが分かって、ゾロはさりげなく斜めに視線を反らした。 こんなにじっくり見られたら間違って勃ってしまいそうだ。

 

「筋肉の膜があって、勃起して硬くなるのはそれに締めつけられるせいなんだと。で、俺のがやたら硬いのもちいせぇのもその筋肉が発達しすぎて異常に締めつけまくってるせいだから、風呂場であっためながら揉みほぐせっつって、言われて」

 

 自分で言ってて情けなくなってきた。これだから、サンジには言いたくなかったのだ。でかくするために一人で黙々とちんこを揉んでますなんて、あまりにかっこ悪すぎるじゃないか。

 最初にこの方法を教えられたとき、ゾロはまったく信用してなかった。なんたってあの赤髪だ。

 けれど、あのインチキ医者があまりに自信満々に言うものだから、まぁ、とりあえずやるだけやってみようという気になったのだ。別に揉んだところで害があるわけじゃないし、こんなことでうまくいくならめっけもんだろう、くらいの気持ちで。駄目ならまた他の病院を調べて行ってみるだけの話だと。

 ところが、ゾロにとっての赤髪は頭のおかしい戦隊ものマニアから本物のヒーローに昇進することになった。本気ででかくなってきたのに気づいたからだ。

 それからはもう、毎日必死で揉みまくった。せいぜい二日に一回だった風呂に一日五回は入って、そのたびに揉んで揉んで揉みまくって、そのうち勃って一回抜いて、そうして再び揉む、なんてことをここ一か月毎日続けてきたのだ。サンジにメチャクチャ触りたいのを必死で我慢して、そのぶんの時間も回して。

 それでもどこまでうまくいくかわからないし、だいいちなんだかかっこ悪い行為だから、お前に教えるのは人並みにでかくなってからにするつもりだったと、それから許してくれる限りヤりまくるつもりだったんだと、洗いざらい吐き出したところで、サンジががばっと顔をあげた。

 

「だからって…っ」

 

 これがまた涙眼だったものだから、あまりの可愛さにゾロは危うく押し倒してしまいそうになった。

「だからって、キスくらいしてくれたっていいじゃねぇか!」

「んなことしたら、止まんなくなるだろ。ただでさえ我慢してんのに」

「…っ」

 

 サンジが唇を噛みながらまた顔を伏せる。やべぇ、やりてぇ。ゾロは、うずうずする両手を背中でがっちり噛み合わせなきゃならなかった。

 なんたって、こんなに近づくのは久しぶりなのだ。サンジの細い髪とか、さらさらした肌とか、少し乾いた唇とか、そういうものに触りたくてしょうがない。けれど、秘密を作ったうえにずっと相手をしてやらなかったゾロに、たぶん拗ねてるはずの今のサンジに、下手に手を出したら後が怖いのだ。きっと本気でへそを曲げて触らせてくれなくなる。

 でも触りたい。ものすごく触りたい。ゾロが心の中で辛い葛藤に励んでいるときだった。

 

「…オレもやる」

「あ?」

 

 やけに真剣な顔で、サンジはゾロを見て言った。

 

「オレのためなんだろ?だったら、オレにもやらせろよ」

 

 どこかむくれたみたいな声でサンジが言った、その数秒後、ゾロは、やっぱり前と同じような感じで、サンジに押し倒されることになる。

 そしてそれは、ゾロにとってほんとうの試練の幕開けだったのだ。

 

 

 

 

 

 

「っおい、もう今日はいいから…っ」

「やだ」

 

 湯をいっぱいに張った浴槽から立ち上る蒸気で、風呂場は具合良く温もっていた。

 視界がぼやけるほどの白い蒸気に包まれたサンジの体は、なんとなくピンク色に染まっていて、ついでに同じくピンク色のサンジの乳首と、もっと下に性器を見つけたゾロは、いっそ俺を殺してくれと思った。ゾロのアレを、黙々と揉むサンジに向かって。

 ゾロのミニミニ大作戦パート二に、サンジが参加してからすでに三十分が経過している。

 お互い素っ裸になって、あぐらをかいて座ったゾロのアレを、同じくあぐらをかいたサンジがひたすら揉みまくって。誰もいない密室で二人きり、「いつでも来いよ!」な格好のサンジをみたら、そりゃあイロイロしたくもなるだろう。

 もちろん、入れる気まではない。ちゃんとミッションが成功するまではしないと心に決めている。

 でも、だからこそ、せめて触るくらいさせてほしいわけだ。今まで我慢してきたんだしサンジもそうされたいようなことを言ってたんだから、構わないはずだろう。

 と、思うのに。

 

「余計なことしてんじゃねぇ!」

 

 ゾロは思わずすんません、と謝りながら伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。

 いったいこれで何回目だろう。さっきからゾロが少しでも手を出そうものなら、そのたびにこうやってものすごい剣幕で怒鳴られて。

 そのくせ、いろんな刺激に耐えきれずにアレが勃ちあがると、

 

「…ン、」

 

 舐めるのだ。どころかしゃぶるのだ。マジで勘弁してくれとゾロは思うのだ。

 だって、なだらかな曲線を描いた白い背中も、きゅっと締まった尻もゾロからは丸見えで、なのに触らせてもらえないなんて。これを拷問以外のなんて呼ぶというんだろう。いじるべきか死ぬべきか、それが問題なのだ。ハムがどうした。シェークは大人しくシェイクされてりゃいいんだ。中途半端な知識に八つ当りでもしてなきゃ取り乱してしまいそうな気分だ。

 

「どこまで、でっかくなんのかな」

 

 這いつくばるように体を屈めたまま、サンジは、いったん唇を離して嬉しそうに目を細めると、すぐにまたちゅ、と音を立ててソレに吸いついた。

 薄い舌でチラチラと舐めたと思ったら、今度は一気に、根本まですっぽり口に銜えて、モゴモゴと舌を擦りつけはじめる。ン、ン、と甘ったれたような鼻声が、風呂場の反響で何倍にも艶っぽくなって、ゾロの鼓膜をガンガンと叩きつけた。アレもぐんぐん大きく育っていく。育ったところでまだ小さいにしても。

 

「っ」

 

 舌先を先っぽにぐり、と押しつけられて、ゾロはあっという間にイった。とほぼ同時にサンジのほうに目をやれば、

 

「…っへへ」

 

 ゼェゼェ息を吐くゾロに向かって、サンジは無邪気に笑いかけていた。

 さっきから、ゾロがイった後は決まってこうなのだ。いったいなにがそんなに嬉しいんだろう、と、思ったところで、上気した顔で上目遣いに見上げてくるサンジがあんまり可愛いものだから、ゾロはすぐにどうでもよくなってしまう。

 そして、見蕩れてるうちにまた、振り出しに戻るのだ。

 

(あとニか月…)

 

 揉まれて耐えて勃って。しゃぶられて耐えてイって。ニか月の間にいったい何回、いや何十回、いいや何百回繰り返すことになるんだろう。

 ゾロは、サンジが再びゾロのアレを揉みだす前に、ミッションの参加はせめて週三ペースにしてほしいと説得するにはどうすればいいか、必死で考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでもお日さまは昇るわけで。

 

(長かった…マジで長かった…)

 

 サンジとの命がけのミッションが始まってからニか月経った夜、ゾロは、ベッドの上にサンジを押し倒しながら感極まったため息を吐き出していた。

 ぶっちゃけちょっと泣きそうになりながらサンジを見れば、少し気恥ずかしそうに笑いながらゾロの頭をわしわしと撫でてくれるもんだから、思わず「っうう…」なんて堪えきれない嗚咽を噛み締めた歯の間からこぼしたり。でも手はさっさとサンジの服を剥ぎ取ることに全力を注いでいたり。ありったけの部屋の明かりに照らされた白い肌に、鼻血を吹き出しそうになったり。

 とにかくゾロは大忙しだった。早くサンジを舐め回していじりまくって裏に表にひっくり返しては、ひんひん言わせたくてしょうがなかった。なんたって、三か月ぶんを取りかえさなきゃならないのだ。三か月ぶりに上から見下ろすことのできたピンクの乳首に、ゾロはいっそ郷愁さえ覚えた。

 土下座して頼み込んだせいか、サンジは素直に週三で頷いてくれた。

 だからってキツいことにはかわりはないわけで、相変わらず舐めたりしゃぶったりされては少しも触れない日々は、サンジが参加しない日までゾロを悶々とさせてくれた。どうして触らせてくれないのか理由を聞いても教えてくれなくて、だから対策を立てることもできないまま、やらしいサンジの格好を思い出しては枕やパンツをいろんな意味で濡らしてきたのだ。

 そしたら、まともに寝つくこともできなくなったゾロが、目の下に隈を作りはじめたラスト一週間前になって、サンジが言ったのだ。

 

『今日からは、好きなだけ触っていいから』

 

 サンジは、ずっとゾロのイく顔が見てみたかったんだという。

 でもゾロに触られたらじっくり眺めてる余裕がなくなってしまうんだという。

 だから、自分のペースに持ち込めるフェラをしてやろうと思ったんだと、ゾロが辛いのはわかっていても触らせたくなかったんだと、ものすごくすまなそうな顔でサンジはゾロに告白したのだ。

 

『でももう満足したし、それに…いい加減オレも、お前に触ってもらいてーし』

 

 すげー勝手なこと言ってごめんな、なんて、ゾロの様子を伺うような目をして謝られたら、ゾロに責められるわけがない。なにより、触っていいとお許しを貰えた感動に、責めるなんてこと自体思いつきもしなかった。

 ということで、そのラスト一週間は「めちゃめちゃキツい」から「かなりキツい」くらいにまではおさまってくれたんだけれど、それでも、足りないことには変わりはないわけで、むしろサンジをいじくりまわせばいじりまわすほど、最後までヤっちゃいたい欲求は募るばかり。あの、柔らかくてきゅうきゅう締めつけてくれるサンジの中に、入れて出して入れてイきたくて気が狂いそうだった、そんな日々も、けれどとうとう。

 

(よくやった俺…!)

 とうとう、報われる日が来たのだ。

 人生ではじめて自分で自分の努力を褒めながら、引きちぎりそうな勢いでぐわっと服を脱ぎ捨てる。

 すると、至上最高速度で素っ裸になったゾロの、下半身のほうを見下ろして、サンジがふ、と溜め息を吐いた。

 

「そんなデケェの、入るかな…」

 

 三か月の努力の結果、なんとゾロのミニは、ミニからスタンダードを通り越してハイパーにまで成長していたのだ。

 

「ちゃんと慣らすから」

「ん…」

 

 甘えた仕種でキスをねだってくるサンジに、あくまで男前気取りでキスを返しながら、ゾロは、どうやって慣らしてやろうか考えただけでベトベトににやけてしまう顔を、必死で取り押さえなきゃならなかった。

 

 

 

 

 

 こういうのを詐欺っていうんじゃないだろうか。

 

「っ、ぁ…っも、ムリ…っ」

「っわり…も、ちょい…っ」

 硬い性器がさらに奥までぐぐ、と押し込まれて、サンジはひっ、と喉から声を絞り出す。

 力の籠って突っ張ったサンジの足を、辿々しくさすってくれるゾロの呼吸が苦しそうにサンジの耳もとで鳴っていて、けれどそれに負けないくらい辛い息をサンジはかれこれもう五分は吐き続けていた。

 熱くて苦しくて重たくて涙が出そうだった。というか実際もう出まくっていたんだけれど、気づく余裕もなかったのだ。

 ゾロの前戯は相変わらずスゴかった。

 溜まってたぶん余計にねちっこくて、そのうえさらに今までまるきり必要なかった慣らしが追加されたものだから、おかげでサンジは声が掠れるまで喘がされてしまった。

 舌で中を探られるのも今までは断固として拒否してきたのに、しなきゃ後が辛いからと言い包められた挙げ句さんざん舐め尽くされて、その後も潤滑剤代わりに使ったオリーブオイルがグチャグチャ音を立てるくらい指を出し入れされて、入れられるころには顔中よだれまみれで身体中グダグダだった。

 それでも、あの死にそうになるセックスよりはマシだと思えたんだけれど。

 

「あ…っあ…っ」

 

 いったい、どこまで入ってくるつもりなんだろうこのデカイのは。背中に覆いかぶさるゾロを振り返って、サンジは、まだ全体の三分の一くらい入りきっていないかたまりに鳥肌を立てた。

 なんであんなとんがりコーンがこんなジャイアントチョコバーみたいにでかくなるんだろう。原材料は同じはずなのに。詐欺だ。絶対なにかの詐欺だ。

 だって、こんなのを全部入れられたら、いったいどうなってしまうのかわからない。違う意味で死にそうだ。怖すぎる。

 

「ぅあ、あ…っ!」

 

 ずるっ、と一気に入ってくるぬめった感触に、全身がぞわぁっと粟立った。

 苦しい。ものすごく苦しい。そのうえちっとも良くない。これなら、気持ちいいだけまだデカくなる前のほうがよかったんじゃないだろうか。

 三か月前の自分の発言をひどく後悔しながら、サンジが一瞬忘れていた呼吸を思い出したように細かく吐き出していたら、ゾロがひときわ長く息を吐くのがわかった。

 

「ぜんぶ、っはいった」

「っ!…う、そ…っ」

 

 声を出した拍子に思わず力を込めてしまった腹に、サンジはまた息を詰めた。

 シーツを握りしめながらちょっとずつ吐いて、それからようやく、そこだけ高く持ち上げられた自分の尻に目をやる。そしたらゾロの下腹がぴったりとくっついているのが見えて、サンジは驚いて眼を見開いた。

 

(…すげぇな、オレ)

 

 あんなのが入るのか。人間ヤろうと思えばできるもんだな。自分でもよくわからない感心をしながら、じっとそこを見つめていたら、ゾロが、汗で湿った手でサンジの髪を撫でながら、ひどく心配そうな顔をして言った。

 

「今日はもう、やめとくか?」

(それもいいかも)

 

 でもそしたらゾロがかわいそうだしなぁ、なんて悩みかけたサンジは、ところが、次の瞬間悩む必要がどこにもないことに気づいたのだ。

 だってもう、セックスしたくなったら、ゾロにはいくらでも他の子が見つかるのだ。ただでさえカッコよくて優しいのに、そのうえミニじゃなくなったゾロにはなにも後ろめたく思うことはないのだ。

 もう、サンジじゃなきゃいけない理由なんて、どこにもないじゃないか。

 

「…オレがダメでも、他が見つかるからいいっつうのか?」

 

 どこかの誰かと抱き合うゾロを想像したら、悲しくて止まらなくなって、サンジは気がついたらボロボロ泣きながら枕に向かって呟いていた。

 こんなことなら、我慢し続ければよかった。死にそうになったっていいから、ずっとゾロをミニなままにさせておけばよかった。三か月前の自分に今度は後悔どころか腹が立って、唇を噛み締めながらサンジが漏れそうになる嗚咽を堪えていたら、聞いたこともないようなドスのきいたゾロの声が耳のそばで聞こえた。

「本気で言ってんのか?」

 

 咄嗟に振り返ったゾロの顔は、怒りを通り越して無表情だった。

 

「なぁ、本気で言ってんのかって聞いてんだよ」

 

 ゾロが、大きな手でサンジの頭を鷲掴んだ。ギラッ、と鋭く光ったゾロの眼に、サンジは息を飲む。

 こんなに怒ったゾロを見たのははじめてだった。喧嘩はたくさんしてきたけれど、あんなのはあくまでじゃれ合いで、ゾロだってむしろ楽しんでるような素振りだった。

 こんな、優しさなんてどこにもないゾロは、今まで見たことがないのだ。

 

「俺も、舐められたもんだよなぁ?我慢させられるだけさせられてよぉ、そのうえんなどうしょもねぇこと言われなきゃなんねぇんだもんなぁ?」

 

 喋り方までなんだか違う。なんなんだろうこのヤンキー口調は。サンジが全身を強張らせたまま呆然と見つめていると、ゾロが、ひどく残忍な仕種で、口の端を上げて笑った。

 

「安心しろよ。今から嫌ってほど分からせてやるからよぉ」

 

 サンジは、木刀一本で暴れまわってたころのゾロが、キレたら誰にも止められない『魔獣』で有名だったなんてことは、少しも知らなかったのだ。

 

 

 

 

 

 どうしよう。

 

「や、やぁ…っ」

「嘘言ってんじゃねぇよ」

 

 ゾロがハッ、と鼻で笑って、サンジの髪を引っ張り上げながらぐぅっ、と腰を押しつけてきた。腹の中身が一気に押し上げられるような恐怖と訳の分からない鈍い疼きに、サンジは喉を反らしてガタガタと震える。

 

「やだ…っ、怖ぇよ…っ」

「ぐちゃぐちゃにしといてよく言うぜ」

「っ…!あ—— …っ!」

 

 勃ちあがった性器の先をぐりぐり擦られながら、中の襞まで一緒に引きずり出す勢いでずるっ、と引き抜かれて、目の前が白く光った。サンジは絞り出すような高い声で啼きながら、身体中を痙攣させてイった。

 痛いくらいに敏感になった襞がびくんっ、びくんっ、と激しくうねって、なのにその間も、ゾロは腰を動かすのをやめないのだ。サンジは枕に額をおしつけて、あ、あ、とくぐもった声を無理やり押し出す。

(どうしよう)

 

 めちゃめちゃ気持ちよかった。よすぎてうっとりしていた。

 イイと思う場所はかわらないのだ。けれど、前みたいに直接ガンガンこすられるんじゃなくて遠回しにジリジリ責められる感じで、それがちょうどいいというかもどかしいというか、どっちにしてももっとしてほしくて泣きそうだ。そのくらいイイ。

 体の中をいっぱいに開こうとするゾロの体積だって、さっきまではあんなに苦しくて嫌だったのに、今はもっと深いところまで入ってきてほしくてたまらない。それからまた、思いきりでも焦れるくらいゆっくりでもいいからその大きいのを引っ張り出して、とがった部分で襞をできるだけ強くえぐってほしい。

 そのあとまたぐんぐん奥まで押し込んで、いちばん深いところにもぐらせたら今度は、さっきみたいにぐりぐり腰を押しつけてほしい。尻をゾロの陰毛でこすられて、硬い亀頭にまわりの肉をずりっ、ずりっとひっ掻いてもらいたい。そうするとどっちも最高にむずがゆくて腹の中がきゅうきゅうと収縮して、中が勝手にゾロのものを強く締めつけてくれるからだ。ゾロの性器の拍動とか、硬さとか熱さとかがわかるくらいに。そしたらサンジはまたうっとりできるのだ。

 そして、もっとうっとりしてしまうのは。

 

「ひ、やっ…!やああ…っ!」

「コラ、『イイ』の間違いだろ?ちゃんと言ってみろよ、『イイ』って」

 

 言葉攻めだ。これに死ぬほど燃えるのだ。

 だって、いつものゾロなら頭をかち割られてでも言わなそうな言葉ばっかりだ。いつもならサンジのことをうざいくらいに気遣うか好きだ好きだ言うばかりで、まぁそのくせ死にそうになってたサンジにはきづいたことがないんだけれど、それでもとりあえず優しい言葉しか吐いたことがない。

 もちろんサンジにだってそれはそれでうれしいことだ。大切にしてもらえるのはいいことだ。とっても贅沢なことだと、わかってはいるんだけれど。

 

「あっ…!イイっ、ぞろ…っ!イイっ!」

 

 人間たまには、刺激ってもんが欲しいじゃないか。

 

「だよなぁ?さっきからやらしー声止まんねぇもんなぁ?」

「んんン…っ!」

 

 お前のほうがやらしいだろと言いたくなるような声を耳もとに送り込みながら、ゾロがぐりぐりと腰を押しつけてくる。サンジは内心では「待ってましたっ」な気分だったけれど、シチュエーション的にそれを言ってしまうとしらけると思って、わざと唇を噛みながらふるふると弱々しく首を振ってみせた。そしたらゾロがククっと低い声で笑うのが聞こえて、ますますうっとりしてしまう。

 まったく、どこにこんなワルそうな声を隠しもってたんだろう。おかげで『背徳と羞恥に怯えながら若い男のたくましい雄に華ひらいてゆく人妻の淫らな一夜』とかそんな感じのタイトルコールがつきそうな気分だ。今度ビデオ屋で借りてきて研究してみよう。

 毎回これだとさすがに飽きるしいっそムカつくけれど、たまになら悪くない。どころか大歓迎だ。

 

「ほら、どこがイイのか言ってみろよ」

「ぁ…、く…おく…っ」

「ぁあ?聞こえねぇなぁ?」

「やぁ…っ」

 

(問題はどうやってこいつをキレさせるかだよなー)

 

 取られるかもしれない、なんて思って泣きまくったことなんかすっかり忘れて、全然違う意味でナキながらかなり真剣にサンジが考えていたら、中に入ってたものを一気に抜かれて仰向けにひっくり返された。

 たぶんいつもからは考えられないようなワルそうなゾロの顔と、次に浴びせられる言葉を想って、サンジがワクワクしていられたのは、けれどほんの数秒だった。

 

「…っサンジ!!」

 

 一瞬のハッとしたような表情の後、ゾロはいつも通り、むしろいつも以上にオロオロした目をサンジに向けてきたのだ。

 

「俺は、なんつうこと…っ」

 

 涙とよだれまみれのサンジの顔を太い指で辿々しく撫でながら、泣きそうな声でゾロは言う。

 

「いんだよ、オレが悪かったんだからさ」

 

 だからサンジが、そう言ってちょっと儚げな感じで笑ってやったら、ゾロは肋骨の折れそうなくらいの勢いで抱きついてきたから、その背中をポンポンと叩いて「ごめんな?」と呟いてやりながら、次回はどんなネタでゾロをキレさせてやろうか考えて、そしたら、とても素晴らしいことに気づいたのだ。

 サンジはドキドキする気持ちをあくまでためらいがちな表情の下に隠して、ゾロを見た。

 

「…なぁ、仕切り直ししようぜ?お前まだイってねぇんだしさ」

「いいのか…?」

「ダメなわけねぇじゃん」

 

 こんな、一度でニ度おいしいセックス、ダメなわけがない。

 

「っ今度はちゃんと優しくやるから」

(なんて心の広いヤツだ…っ)

 

 自分勝手な行動を許してくれるどころか、まさかやり直させてくれるなんて。とびっきり優しい顔で笑うサンジに、ゾロは感動のあまり泣きそうになりながら、言葉通りものすごく優しいキスを一生懸命に繰り返してみせた。

 俺は二度と負けねぇから、と心に固く誓って。

 ニ度どころかこの先何度も作為的にキレさせられては、今日みたいにサンジを抱くことになるなんて、夢にも思わずに。

 『赤髪病院』に段ボールいっぱいのカニが送られてくるのは、その数日後のことだった。

 

「揉んで揉んで揉まれて揉んで」

 

 二人の恋は、どこまでも馬鹿らしく続いていく。

 

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