最初に、首すじを噛んだ。
単純に目の前にあったからだ。彼はあごの下で揺れる俺の髪を、くすぐってェ、と笑いながら、自分から、俺を道連れにベッドへ倒れ込んだ。かわいいシワのできた目じりに、くちづける夢がやっとかなった。
顔と首の境目から、ちいさな山をつくったのどへと、順番に噛みついていった。噛んだあとに舐めるのは忘れなかった。そのまま彼のからだのまんなかの線を降りていこうとしたはずだったのに、鎖骨の誘惑に負けて横にそれた。俺の髪を絡めて遊ぶ彼のゆびは、まるで好きにしろと言ってるみたいだった。
内側から外側に向かって、骨の太さと硬さを薄い皮膚ごしにちゃんと、歯で確認しながら進んだら、とがったラインがひどく噛みつきやすそうな肩を見つけた。けれど、これ以上寄り道してたらいつまで経ったって終わらないとおもったから、我慢した。
べつにいつまでも終わらなくたってかまわなかった。ただ、彼が飽きたら困る。まだ身じろぎひとつしてない彼にはやくよくなってもらわないと、つぎがもらえない。
つぎをもらえれば、今日残してしまった場所に取りかかることができる。どこが彼のイイところだろうと考えたら、さっきの脇腹をおもいついた。
残念なことに俺の舌はひとつしかないから、両側をいっぺんに舐めてやることはできない。だから片方は、彼が呼吸するたびに浮きあがって、またしずむ、あばらに沿って舌を這わせていきながらもう反対側は、手で撫でていった。

「っ、ン」

いちどつめた息を彼が、ちいさな鼻声にして吐き出す。
俺の髪をきゅっ、と握りしめる彼の手に、嬉しくなった。背中と胸のあいだのラインにしゃぶりついた。くちびるのあいだに肌を隠して、隠した肌を突き出した舌で舐めて、腰に向かって降りていきながら反対側の手を彷徨わせたらゆびが、ちいさい突起を見つけた。
ふたつのゆびのあいだにはさんで、こすり上げた。

「っア」

ささやきみたいな声だった。彼のからだがこわばった。ちからの増した彼の手に引っぱられてうしろあたまがすこし引き攣れたけれど、気にしてる暇なんてない。
もっといっぱいいじれば、もっと啼いてくれるだろうか。夢中になって俺は、さきにつかまえてあった突起をもっと丁寧に、撫でたりこすってやったりしながら、いままで舐めてた場所から顔を離した。放っとかれてたもう片方の突起に照準をかえる。
アーモンド色をしたちいさな乳首は、噛みついてしゃぶるためにあるとしかおもえなかった。 あたまとそれから下っ腹に、かぁっ、と熱が流れ込む。意識なんてあっても役に立たなかった。ただ、はやく噛みたいと、それだけをおもってそこに、歯を立てた。
あたまのうえからひゅうっ、と息を吸い込むおとがした。彼の全身がいちど、びくんっ、と跳ねた。

「ふ、ン、ン」

歯のさきで甘噛みして、舌で舐めて、また噛んで、ゆびでさすって、を繰り返すたびに、彼がかすれた息に声を混ぜる。あんなに高飛車な彼がまるで、俺に甘えてすり寄ってるようなおとだった。俺のあたまのうえで彼のゆびが、声に合わせてひく、ひく、ととまどう。
いったいどんな顔をしてるんだろう。そっと盗み見たら、彼の目は閉じていた。それがすこし残念だったけれど、細い線ひとつぶんくらいだけ開いたくちびるや、もどかしげに寄った眉に、高い熱がもっと高く唸りをあげた。
興奮しすぎた性器は痛いくらいだ。こんなんじゃ最後まで持たないと、焦って腰のあたりで彷徨わせていた片手を俺は、彼のコットンパンツに伸ばした。
ゆるいウエストに手を忍び込ませるのは簡単だった。そのしたの下着と一緒に手をかけた俺に彼が、はやくしろと催促でもするように自分から、腰を浮かせるしぐさは、すこしも違和感がなかった。
セックスに慣れてるのは知っていた。相手は女だとおもいこんでいたけれどもしかして、脱がされるのにも慣れるほど、誰かに抱かれたこともあるんだろうか。だからたいした抵抗もなくあのとき俺に抱かれたんだろうか。いまもこうやって抱かれてるんだろうか。こえを出すのを躊躇わないんだろうか。

「っなぁ、」

疑いだしたらきりがなかった。ムードもなにもない勢いのよさでからだをずりあげた俺の前で、彼はどこかほうけた顔をしてみせた。
彼が抱くのも抱かれるのもほんとはぜんぶ俺が独り占めしたい。けれど、過去はくつがえせない。だからせめて、抱かれる彼だけでも独り占めしたかったのに、それさえ誰かにぶんどられたなんてそれだけで、腹が立って死にそうだ。

「あんたもしかして、俺じゃねー男にも抱かれたことあんの?」

緑色がすぅ、と細くなった。それを合図に後ろ髪が、力いっぱい引きずり上げられた。

「ずいぶんとふざけたことぬかしやがるじゃねェか」

本気で彼を怒らせたのは、もしかしたらこれがはじめてかもしれない。
震えそうなほど冷たい彼の目に睨まれて俺は、痛いと抗議することもできなかった。

「テメェは俺が好き好んでヤローに足開くって言いてーのか?」
「だ、だってあんた、ぜんぜん躊躇ねーし!」
「…アホか」

つぶやきとともに、彼が俺の髪を解放する。
ひりひりするあたまを撫でながら見下ろせば、うんざりしたような顔で彼が、ため息を吐いた。

「セックスなんざイイおもいしたモン勝ちだろォが。なにを躊躇すれってンだ」
「っけど、」
「うるせェ」
「がっ」

こんどはあごを掴まれた。俺以外の男に言い寄られたことはないのか、とか、酔ってただけであんなに簡単に抱かれてくれたじゃないか、とか、言いたかったのに言えないことばのぶんまでうらめしく睨んだところで、気にしてもらえるはずがない。
くちびるが触れる寸前まで、彼の顔が近づいてくる。くちづけを期待しておもわず目をつむったら、もらったのはいつもの笑い声だけだった。
騙された悔しさと気恥ずかしさに、無駄と分かっていてもういちど、睨みつけてやるつもりでそっと、目を開けてみれば彼は、バカにしたようなうす笑いだった。

「いいからさっさとしゃぶれや」



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