「オマエ昨日、うち来たか?」

学校帰り、自分の家に行くよりさきに会いにいった彼女を出迎えてくれた彼の声は、乾ききってガサガサだった。

「覚えてンのか?昨日のこと」
「いや」

じゃあどうして知ってんだ、と聞くのはやめておいた。自分の声が自分でも不愉快だというふうに、しわを寄せたこめかみを彼がゆびで押さえつけたからだ。
眼帯で守られてないほうの目は、夕暮れ間近のゆるい日差しにも耐えられないらしい。こまめにまばたきをくりかえしながら彼が、ドアを大きく押し開く。できあがった隙間から家のなかに入り込めば、ドアを閉めた彼の手がいちどだけ彼女の頭を撫でていった。それきり背中を向けた彼の、ひきずるみたいな足取りを黙って追いかけていく。
リビングを通り過ぎて、寝室のなかまで運び込んだからだを彼は、ひどく気だるそうなため息を合図にベッドのうえに勢いよく投げ出した。チクショウ、あったまいてェ。天井に向かって文句を吐く彼のために、伸ばした手はけれど、痛がる場所を撫でてやるまえに彼の手に捕まえられてしまう。
引きずられるまま、彼の腹の横あたりに座り込んだ拍子に、目の前にきたサイドボードのうえにはいつもの煙草のほかにペットボトルのポカリと白い錠剤のたばが置いてあった。おなじ彼の手が今度は、腰に巻きついてくる。
おかげで解放された手をようやく彼の額に当ててやったら彼は、深い息をひとつ吐いて、それから目を閉じた。

「目ェ覚めたら、酒ビンいっこも見あたンねーからよ」

ゆびのあいだをなめらかにすり抜けていく彼の髪はすこしだけ湿っていた。酒と汗とナニかにまみれた昨日がまるで嘘だったみたいに、ほんのすこしのシャンプーのにおいはさわやかさのかたまりだった。

「着てる服はちげーし、部屋も妙に片付いてやがる。だからってまさかあの天パがそこまで片づけてくわけねェから、オマエが来たんじゃねェかってな」
「正確には兄さんとふたりでな」
「…アニキに今度、なんでも好きなモンおごってやるっつっとけ」
「りょーかい」

と、つい笑ってしまったら、彼の目が開いた。全部開けるのがめんどうだとでもいうように、薄く隙間のできたまぶたからのぞく瞳と、同時に腰にまわった手に加わったちからがなにを催促してるのか、頭で考えるまえに動いていた。
中途半端にひねったままだったからだをベッドのうえに、乗せるだけじゃところがまだ足りないんだと訴えてくる彼の手に、引き寄せられるまま彼のからだのうえにまで乗りあがった彼女の動きに、硬くごわついた制服のスカートは追いついてくれなかった。太ももよりうえまでたくしあがった挙げ句丸見えになったショーツの下半分を、慌てて隠しなおしたところで、見つめなおしたら彼は、満足そうに笑みをつくったくちびるを近づけてきた。くちづけられるのが、ずいぶん久しぶりのような気がしたのは間違いなく、もらいたくてももらえなかった昨日のせいだ。

「アンタ昨日ひどかったんだぜ?」

彼の手が伸びてくる。自分が来たときのことは覚えてないと彼は言うけれど、あれだけひとに面倒をみさせて、おまけにおあずけまでくらわせておいて、ぜんぶ忘れてるんだとしたらそれはあんまり都合が良すぎるんじゃないだろうか。乾いた手のひらで頬を撫でてきながら、目のしたにうすい隈をつくってはいても機嫌のよさそうな彼の顔を、彼女は崩してやりたくなった。

「意識はねーし寝ゲロしてっし」

彼の目が一瞬、今日見たなかでいちばん大きく見開かれた。
マジかよ、とつぶやく声とともに、彼の腕がその目をおおい隠す。けれど真っ赤にそまった耳たぶはすこしも隠しきれてなかった。彼女は、妙にはしゃいだ気持ちになった。

「しかもやっと起きたとおもったら今度はチュウしろっつってうっせーの」

好きなヤツほどいじめたくなるってこーゆうことなんだろーなきっと。いつもと逆の立場に、いつもと逆の見下ろす位置から、耳たぶを真っ赤に染めて目を反らす彼がくれるのは、どうしようもないいとしさだった。どんなにちからを込めたってゆるんでしまうくちびるを、彼の顔を隠す手に押しつける。
二回、三回、と繰り返して、やっと離れていった邪魔なその手のしたから、のぞいたのは落ちつかない目と、いつもの眼帯だった。

「アンタって、酔っぱらったらすげー甘え上戸なのな」
「っオマエもう黙れ」
「ハハッ、逆ギレし、っわ」

勢いよくからだを引きはがされたことに、気づいたときにはもう彼のからだに乗り上げられてるところだった。鋭い目はけれど、いくらまっすぐ向かってきたところで、相変わらず赤い耳たぶとそれからいまいち垂れ下がり気味な眉のせいですこしも怖くなかった。
不機嫌そうに引き結ばれた彼のくちびるに、くちづけられる寸前でわざと避けたら彼は、しかめっつらをますますしかめたけれど、眼帯に手を伸ばしたとたん、ふっ、と苦笑いにゆるめた。白い綿の布を、いつもどおりはずす。いつもどおり現れた黒い文字のうえにいつもどおりくちづけるのと、彼の乾いたゆびさきが好きなように彼女の頬をたどりはじめるのは同時だった。この目を、独り占めする権利は笑って約束してくれたけれど。
頬をたどるこの指先も、苦笑いも、不機嫌な顔も赤い耳たぶも、ほんとはぜんぶ独り占めしたいんだなんて言ったら、欲張りすぎだと怒るんだろうか。


end.


高女土とゆーよりは女土高です。すべてはそろばんたかすぎのせいだ。
結局なんの話を書きたかったのかよくわからんくなりましたけど、こんなんでよかったら持っ
てってくださいよ。持ってったあとに報告してくれたらだいぶ嬉しいですよ。

「赤裸々Go!Go!Go!」by The Yellow Monkey


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