くちづけひとつで彼の体重はあっさりと俺のうえから取りのぞかれた。照れるほど慣れてない俺とちがって、彼には慣れた場面なんだと知って、すこし悔しかった。
起きたときとおなじ体勢に落ちついた彼に、差し出されたペットボトルを受け取って、遅れてからだを起こすころには彼のくちには煙草があった。ようやく見慣れた死にざままで覚めた目を、細めて、彼がライターに火をつける。
その手と逆の手の、ゆびのあいだにはさまれた煙草が、俺の吸い慣れた煙草とちがうロゴだと知ったのはきのうだった。ふ、と、静かな息で、白い煙を彼が吐きだす。彼を好きになってから、彼とおなじ煙草を吸いだしたのは俺の勝手だ。それでも長い間、まともに近づくこともできない俺がゆいいつ、彼とつながっていると信じていたものを奪われたことは俺にとって、ちいさなショックだった。
アンタとおなじの吸ってたんだと、つい彼に伝えてしまったのは、未練だったんだとおもう。 後悔した。そんなちいさなことでいちいち責められるのは面倒だと、飽きれられるのを覚悟していた俺に彼がくれたのはキスと、約束だった。
明日一緒にもとのやつ買いに行こうか。照れくさそうに、まるで内緒話でもするようにささやいたきのうの彼をおもいだすだけで、笑いたがるくちもとを、ペットボトルのくちを押しつけて無理やり隠した。流し込んだ液体に、乾いたのどをおもいだした。そーいや俺の煙草はどこいったっけか。ボトルのふたを閉めながら、視線を彷徨わせていたら、グシャグシャにつぶれた箱が目の前に現れた。

「あれ?違った?」
「…悪ィ」

フィルターの飛び出た一本を抜き取る。くわえたとたん、差し出された火に顔を近づけた。
吸って、吐きだして、を、ふたりで黙って繰り返す。
ずっとまえからふたりでいることに慣れてるような、そんな錯覚は、あくまで錯覚だ。少なくとも俺は、すこしも慣れてなんかいない。
こんなに近い距離に、誰かと静かに居続けることさえはじめてで、居心地が悪いのに、壊すことはできなかった。壊したくなかった。さっきふたりで暴れたせいだろう、あしもとにたごまっていた掛け布団を、引っぱり寄せて、慣れてるふりの時間稼ぎをしていたら、なぁ、と、彼のこえがした。
振り返ったらちょうど、彼は、ふともものうえに乗せた灰皿に煙草を押しつけていた。

「おまえって朝メシちゃんと食うほう?」

吸い殻が一本だけ入った灰皿を、手渡してきながら彼が言う。腹が減ったということなんだろうか。食べに行けるような場所よりは、コンビニのほうが近かったはずだ。
買いに行くと言うのなら、一緒についてくのは迷惑だろうか。誰かに見られて困るのは俺より彼のほうだ。でも煙草は一緒に買いに行くっつってたよな。ならついてってもかまわねーってことだよな。

「よっぽど時間ねーとき以外は」

こいつならいくらでも言いわけおもいつきそーだし、平気だろきっと。二本目の吸い殻をつくりながら、できあがった結論は、ひとりで隠していたいままでならはねのけただろう。
油断じゃない。安心だ。誰かと共有するだけで、抱えなきゃならない重さはまるで違うんだと、自覚したらもっと、軽くなった気がした。

「ならよかった。食えねーもんとかある?」
「買いに行くなら俺も、」
「違ェよ。俺がつくんの」

嘘だろ。と、おもったそのまま顔に出てたんだろう。ニヤン、と得意げに笑った彼の顔が、俺を見て不満げにゆがんだ。
授業中だってHRだって、進路相談までめんどくさいで片づけるような男だ。まともな飯を食ってるのかもわからないのに、自力でつくるなんて俺には、もっと想像できない。

「…おまえさァ、」

彼がため息をつく。

「俺が何年ひとり暮らししてるとおもってるわけ?蒸しパンからデコレーションケーキまで自由自在だっつーの」
「デザートばっかじゃねーか」
「デザートを制するものは主食を制するんだよ」
「聞いたことねーよ。誰だンなくだらねー格言つくったやつ」
「たったいま俺がつくりましたー」

なんで俺、こいつのこと好きなんだっけ。イラつきすぎて、ことばさえおもいつかない俺を、まるで気にせず彼が、まだ半分くらい、いちご牛乳で満ちたままのグラスをとりあげた。一気に飲み干す。それからおおきく伸びをした、その、白衣ごしじゃない背中は、好きだとおもう。
俺を向きなおって彼が笑う。

「まァいーから見てろって」

めんどくさがりで、テキトーなことばかり言いながら、髪をぐちゃぐちゃに掻きまわしてくるこの手をもった、彼が、好きだ。
さきにシャワーを浴びに行った彼を、俺は歯を磨いて待っていた。立ってるだけで、いままで知りようのなかった関節が軋んだ。
抱かれたあとに、大雑把に彼が拭き取ってくれたはずのローションが足のあいだを伝って、抱かれたときのことをおもいだした。熱をもった顔を、鏡にうつしたくもなかったし彼に見られたくもなかった。彼と入れ替わりでシャワーを浴びるのに、わざわざ洗面台でも冷たい水で顔を洗っていた俺を、風呂場のドアを開けた彼はなにやってんのおまえ、と飽きれた顔をした。俺は、歯みがき粉がくちのまわりについたんだと言っておいた。
洗面台のコップのなかに歯ブラシがふたつ、並んだ。


end.


初の曲指定リクで「ラブラブな銀八土」です。この一ヶ月後に
別れる別れないの大げんかをするとはおもえないほどの
イッチャイチャです。とても楽しかった!イッチャイッチャは
いいね!書いてて嬉しくなるね!ひじかたくんは幸せになってくれなきゃ!
リクをくれた朝子さん、ありがとーございます。これじゃーまだ
足りないんだけど!っておもわなければ好きにしてやってください。

「WEEKENDER」 by 吉井和哉



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