カップルが一組、スーツすがたの女がひとり、女の店員がひとりにそれから、俺とかわいこちゃん。

「とーしろー」

閉店四十分前の土曜のカフェに、彼を見つけた俺の声は店のBGMを完璧に上回る通りの良さだった。陣取ったレジのカウンターから数歩ぶん、右側に向かってふらふらと手を振れば、つぼみのかたちをした間接照明の真下で彼は、ものすごく嫌そうな顔をしていた。
ものすごく嫌そうなくせに、ちゃんと振り返ってくれる彼に俺は、にやけた顔を取り繕う気も起きなかった。

「こんなかでいちばん糖分くせーのってどれだとおもう?」
「知るか。店員に聞け」
「ンだよもー」

つれねーなァ。メニューをゆび差したままわざとぶすくれてみせたら彼が、ため息ひとつを合図に足を踏み出す。右手にマグカップを持った彼の、左手にはからだの半分くらいを隠せるほど大きな紙袋がぶらさがっていた。
中身は巨大なマヨネーズだ。全長七十五センチとタグに書いてあったマヨネーズ型の抱き枕ひとつで、彼をもういちど手に入れるチャンスをくれた彼の妹からは迎えに行ったコンビニで、今度うちの兄さん泣かしたら承知しねーかんな、のひとことももらっている。
泣かせねーからオニーサンもらっちまってもいーかな、と言い返した俺を探るようにじっと見つめてきた彼女の目は、彼とおなじようにまっすぐだった。そのあとに見せた全開の笑みもやっぱり彼とおなじだったけれど、彼が最後に見せてくれたのがいつだったのかは、おもいだせなかった。おもいだせない自分をあらためてサイアクだとおもった。彼の笑顔も、まっすぐな目も、おなじだけまっすぐな気持ちも、死ぬまで俺に向かなくなるなんてサイアクな未来を、自分から迎え入れようとしてたことに気づかないくらい彼に夢中になれたのは、どこかで、信じてたんだろう。彼がまさか俺を見捨てるはずがないと、彼の一途さに甘えてた俺が、二週間前、ほかのオトコに抱かれたんだと言った彼を責めたのはだから、いまおもえばただの八つ当たりだ。
黙って耐えるだけが彼じゃないんだと、現実を突きつけられてビビった結末に、暴れるしかできなかった俺のほうが、彼よりよっぽどガキだろう。ガキみたいに調子ずいて好き放題な俺のことを、忘れたかったのに忘れられなかったんだと、泣きながら笑った彼をおもうたびに俺は、いつでも死にそうだ。死ぬほど自分に腹が立つ。隣にまで近づいた彼の、後ろ頭を、準備室のドアにおもいきり打ちつけたことをおもいだして俺は、撫でてやりたい衝動を抑えるかわりに真っ黒な髪を一束だけつまんでみた。

「ってぇっ」

なにも蹴るこたねーだろーがよ。スネを押さえながら見返したら、彼はやっぱりものすごく嫌そうな顔を、俺を素通りしてカウンターの隅にいた店員に向けた。
完全に俺を放置しておきながら店員とメニューをまじめな顔で見比べるのが、俺のためなんだとおもったら、蹴られた足は痛いのに顔はやっぱりにやけることしか知らなかった。

「キャラメルとチョコレートどっちにすンだよ」
「キャラメル特盛りでヨロシク」

そーだよコイツはこーゆうヤツなんだよ。言葉のついでに気を抜いたら出そうになったヘンな含み笑いを、俺は慌てて飲み込む。
気は使わないし口は悪い。すぐ手を出すし、気に入らないことは気に入らないとはっきり言えるだけの、無謀なくらいの潔さと強さが土台にあるからこその優しさだったり一途さなんだと、どうして忘れてたんだろう。俺の言うとおり動かせて、俺の言うとおりに後を追わせたって、そんなものちっともおもしろくないのに、いったいなにを考えてたのか自分でもわからない。マジどーしょもねーな俺。
まぁどーしょもねーくれー夢中なのはいまもなんだけど。カウンターのうえにある彼の左手の手首を見れば、床に置いた紙袋の持ち手のあとが薄くついていた。おなじ手のくすりゆびには、突き返された銀色がおなじままの色で巻きついている。
ひと月かけてほんのすこしだけくすんだ銀色を見つめながら、せっかくアンタの髪の色と似てきたんだから、と、笑う彼が、あんまりかわいくて、彼のからだじゅうをさんざんくちづけて舐めつくしてやったのは昨日のことだ。あーゆうので泣かせンのは許されるよな。つーか許されねーと困るんですけど。
できあがったキャラメルと生クリームまみれのマグカップ片手に、言われるまま店を出る。 まばらな街路樹とたまに通り過ぎる人のすがたを、見物するためにあるような横並びのデッキチェアには、夜の冷たさが染みついていた。
寒くはないけれど温かくないのも確かだ。ちいさなテーブルを間に挟んで、彼とふたりで座ったところで、なんで中はいんねーの、と言った俺に彼は、一瞬ひどく驚いたような顔をした。
なかじゃタバコ吸えねーんだよ、とつぶやきながら、つぎに見せた苦笑いは、やっぱり死ぬほどかわいかった。
俺今日からフランス人な。ハイ決まり。もー誰も俺を止められねー。地面に紙袋を置いたついでに、タバコの箱を取り出そうとする彼の、すこしかがんだ顔を覗き込むふりでくちづけた、とほぼ同時に殴られた。鈍く痛む頭をさする俺の前でなんでもなかったような顔でタバコをくわえる彼の、かすかに染まった頬に、だからって気づけない俺じゃない。
フランス人サイコー。ツンデレもっとサイコー。ぐにゃぐにゃに曲がりそうなくちに彼とおなじようにくわえた俺のタバコは、相変わらず彼とおそろいだった。おそろいじゃなくなってた箱を取り上げたかわりに、いつも通りクシャクシャにつぶれた俺の箱を渡したときの彼の、照れくさそうな笑みを、おもいだしながら吐き出したおそろいの煙を、けれど俺は飲み込みそうになった。

「アンタ甘いモン死ぬほど好きなくせに、こーゆう店は来ねーのな」

や、言えねーから。ほっといてもいろんなオトコが買ってきてくれてたとか、そーゆうこと言うのはもー止めるって決めてっから。

「銀さん、液体より固形物のほーが好きだから」
「…ンだそれ」

バカじゃねーの、と無理やりつくったバカみたいな俺の言い訳を切り捨てる彼の、それでも無邪気に笑う顔を見たら、バカでもいいような気がしてくるから不思議だ。もーさ、バカでも天パでもオッサンでもなんでもいーわ。オマエ泣かすより全然マシだわ。
じゃねーと俺が泣くことになっからさ。半分溶けた生クリームを舐めとりながら、盗み見たのは、通りの向こうから近づいてくる若そうなひとりの男だった。俺から見たら同類だと一発でわかる男の、茶色くて短い髪に彼と変わらなそうな年は、欠片だけ彼が教えてくれた特徴とおなじだった。一歩一歩距離を縮められるたびに俺の、マグカップを握る手が強ばっていく。
彼がもらったままどうにもできずにとっといてある金を、返そうと言い出したのは俺のほうだ。
理由はただの感情だった。たかが二万で彼をどうこうできるとおもわれるのがくやしくて、彼が捨てた男の連絡先をゴミ箱から引っ張りだしてきた俺に、彼が一緒についてくと言いだしたのはきっと、罪の気持ちに満ちあふれた責任感だろう。悪ィのはコイツに金もらうよーなことさせた俺なのにな。テメーのケツはテメーで拭くなんてセリフ、言わなきゃなんねーのは俺のほうだっつーのに、全然聞かねンだからよ。
ほんと頑固だよなーコイツ。男の存在に気づいたらしい彼の、揺れがちな目はそれでも相変わらずまっすぐに男を見据えていて、もどかしくなった。もっと俺に甘えちまえばいーのに、とは、けれど言いたくても言わないでおく。
こういうところで甘えないのが彼なんだと、俺はちゃんと知ってるからだ。

「これは、どういうことかな?」

とうとう目の前に到達した男が、そう言って俺を見下ろしたのは一瞬だった。
彼とおなじくらいの身長と細身のからだはバランスが取れていて、白い肌と薄い顔つきに、黒いふちどりのメガネを直すゆびさきはひどく神経質そうにみえた。好きなヤツには好かれる見た目だ。けど、俺には絶対ムリだ。俺こーゆうヤツすげー苦手。髪の毛一本落ちるたびにガムテープで回収してんだろどーせ。俺の部屋入ったら死ぬね。間違いなく死ぬね。

「僕は、君とふたりで会うつもりで来たんだけど」

いっそ死ねよコノヤロー。言葉どおりひたすら彼だけを見つめる男の目を、俺はできれば抉りとってやりたかった。思いつめた顔で彼が立ち上がる。灰皿に火がついたまま放っとかれたふたりぶんのタバコを消してから、俺が立ち上がったところで男の目は変わらず彼に注いでいた。男にとって俺は、どうやら何個も並ぶデッキチェアと同じレベルらしい。なにコイツ。ナニサマ気取り?テメーのこと僕とかゆうヤツ銀さん一世紀ぶりに見たんですけど。
つーかコイツ、マジ狙いだろ。気まずげに眉をひそめる彼の顔に、ためらいなく手を伸ばす男のしぐさは誰が見たって自分のもの扱いだ。だからこそ余計に触らせたくなかった。マジ狙いのヤツに金渡すとか、ありえねーだろ。俺のかわいこちゃんをなんだとおもってンだ。奴隷じゃねーんだぞコイツは。彼に届く直前で男の手を振り払った俺に、ようやく向けられた男の目にあるのは蔑みで、だからって俺にはそんなことどうでもよかった。はやくこのムカつく男に金を返して追い払って、後悔と罪悪感に落ち込む彼をグダグダになるまでなぐさめなきゃならない。
ポケットから引っ張りだした金は、けれど男の前に突き出す前に横から攫われた。

「これ、返します」

冷たく細められた男の目の前に、差し出された彼の手を俺は、見守ることしかできなかった。

「もともと、金ほしくて寝たわけじゃねーし。それに、アンタには悪ィけどなかったことにしてーんだ。だから持ってても、」
「その男が君の恋人だというのかい?」

あからさまにため息をつく男に、彼の話を聞く気なんて、少なくとも俺にはすこしも見えなかった。
見向きもされなかった手を、どうしていいのか分からないふうに見つめる彼を、放っとけなくて、もういちど二枚の紙切れを取り戻そうとした俺に、それでも渡さなかった彼に向かって、参ったな、とつぶやいた男の顔には、薄笑いが浮かんでいた。

「どうやら君は、僕がおもっていたより頭が悪いようだね」

なに言ってんだコイツ。腹が立つのを通り越して呆然とした俺と、ほとんどおなじような表情を浮かべていた彼に、男は相変わらず笑っていた。

「僕よりその軽薄そうな男のほうがいいなんて、間違ったことだ。君にとってなんの利益にもならないよ」

あーそう。そーゆうこと。ようやく意味のわかった男の言葉に、俺はおもわずため息をつく。コイツぜってー友だちいねーわ。間違いなくいじめられっ子だわ。断言できるわ俺。だってコイツ、あのチビ助が死ぬほど喜びそーなタイプだからね。アイツとおんなじガッコーだったらアンタ、チョモランマ級にたっけープライド根こそぎぶっつぶされてっからね。なんたってあのチビ、山は登るモンじゃなくて爆破するモンだとおもってっからね。
俺はやんねーけどな。めんどくせーし。なんだかどうでもよくなってきた頭のなかでどうでもいいことを考えていた俺の隣では、けれど、彼がただでさえ開き気味の瞳孔を全開にして男を睨んでいた。手の上の金をクシャクシャに握りつぶしてることには、たぶん気づいてないんだろう。
口よりさきに手を出すタイプなんだと知っていて、それでも彼を止める気になれないのは彼が、俺のために腹を立ててることも知ってるからだ。

「君のしてるその、安っぽい指輪を見てもわかる」

愛されちゃってんなー俺。いまにも男に向かって突っ込んでいきそうだった彼を、俺は背中でさえぎった。
背後でシャツを握りしめられる感覚に、ほんのすこし斜め下を見たら彼が、はじめて男から目を俯けていた。ばらついたまつげのしたに隠れた彼の、青みがかった目に、どんな動揺を満たしてるのか想像したら、もったいないとおもった。こんな男のためにオマエが感情を見せる必要なんてどこにもないんだと、叱ってるのか甘やかしてるのかわからないくらい抱きしめてやりたくなった。べつに俺、気にしてねーもんよ。マジで安モンだし。オマエがどんな反応すんのか見たくて勢いで買っちまっただけだし。だからもっとちゃんとしたヤツ買ってやるつもりだったのに、オマエにあんなこと言われちゃ取り上げるわけにもいかねーしさ。
まぁそんでも、オマエがせっかく大事にしてくれてるモン馬鹿にされンのはさすがに、ちっと腹立つかもしんねーわ。満足げな笑みを浮かべた男を目の端で見張りながら、残りの視界で俺は、カフェのなかを盗み見た。

「その男にもらったんだろう?まったく、君の価値をまるでわかってない」

少ない客も店員も、影に隠れてるのかすがたはない。反対側に意識を変えても、通りは変わらず人気がなかった。細い道路に一台だけ通り過ぎる車を見届けてから、俺はもういちどまっすぐに男を見据えた。
わざとらしく浮かべてみせた俺の、底意地の悪い笑みに、男が嫌そうに眉をひそめる。

「馬鹿な男だよ。僕ならもっと、」
「馬鹿でけっこー」

突然聞こえた俺の声に、男だけじゃなく彼も息をつめたのがわかった。

「でも俺、馬鹿でもどっかの誰かさんみてーに趣味わりー眼鏡してねーし」

彼の頭をいちどだけ撫でながら、一歩前に出る。
もう一歩ぶんさきにせまった男の顔には驚きと、それからすこしの苛立ちがみえた。

「オニーサンって、やっぱアレ?」

悪ィけど俺、他人キレさすの得意なんだわ。全力でつくったダルそうな俺のため息に、男のくちびるがひくっ、と強ばった。

「修学旅行の集合写真はひとり別枠だったりする?オイオイこいつ死んだのかよみてーな宙に浮いた感じの。同窓会で誰ひとり名前おもいだしてくれねー感じの。タイムカプセルひとりで埋めてひとりで掘り出すとかさーぶっちゃけ引くよなー」

もしかして図星ついちまったかな。男のうすいくちびるが小刻みに震えだすのが俺にはわかった。音が鳴るほど噛み締められた男の歯を、楽しむみたいににやけてみせたら男が、冷たい目をとがらせた。

「合い言葉は『僕の気持ちを分かってくれるひとなんか誰もいないんだー』なんつって、っ」
「っ、ぎんときっ」

殴られる鈍い音と、背後の彼の声はほとんど同時だった。ふたたび男に飛び込んでいきそうだった彼のからだを俺は、片腕で食い止めるついでに自分の背中を完全にカフェに向けた。
残りの腕で切れたくちびるを拭いとりながら、殴った体勢のまま荒い息を吐き出す男に、浮かべてみせたふざけた笑みは、自分でも最高の出来だった。

「せいとーぼーえーせーりつ、」

な。の音と一緒に俺は、男の腹を全体重で蹴りあげた。
一瞬みえた男の見開いた目が、予定どおりカフェと反対側に吹っ飛んでいく。道路の真ん中に仰向けに叩きつけられるのを見守ってから、振り返ってみたら彼は、呆然と突っ立っていた。
彼の手のなかに握られたままの金を、取り上げた俺を、見上げた彼の目が妙に無邪気で、このまま彼を連れてさっさと帰ってしまいたいくらいかわいかったけれど、頭を撫でてやるだけでやめて置いた。のんびりと足を踏み出す。立ち上がりたそうにもがく男に近づきながら俺が、ほんのすこし不満だったのは、車の通る気配がまるでないことだった。あーあ。ここで轢き殺されちまってくれたらカンペキなんだけど。
もがくだけもがいた男は結局、腹を押さえ込んだままうずくまるだけで終わっていた。その、向かい側にしゃがみこむ。髪を引っ張り上げたさきに眼鏡がなかったのはたぶん、からだと一緒に吹っ飛んだんだろう。
口笛の失敗したみたいな息を吐く男は、それでも俺を睨みつけるのをやめなかった。おもったより根性あるねーコイツ。

「アンタさァ、二度とアイツの前にその胸くそわりーツラ見せねーでくれっかな」

男に向かって俺は、彼が握りつぶした金を放り投げた。丸まった紙切れが男の頬にぶつかって地面に落ちた、すこしあとに、彼が走り寄ってくるのが視界の端に見えた。
道路に足を踏み入れられるまえに、ストップ、と呼びかけた俺の、希望どおり立ち止まってくれた彼にいつも通りの気だるい笑みを浮かべてみせたら彼が、眉をひそめるのがみえた。わりーね。べつに仲間ハズレにしてーわけじゃねーんだよ。ただあんま、こーゆうとこオマエに見られたくねーからさ。あくまで紳士な銀さんで居てェからさ。って、もう遅ェか。

「これ、ペンチで一本ずつぶち抜かれたくねーだろ?」

男のくちびるの奥に見えた白い前歯を、おやゆびとひとさしゆびでつかみ上げたら、なにか言いたげに男のくちが動いた。けれど音になる前に掴んでいた髪も歯も離したら、男の顔はふたたび地面にふせた。
よっ、とかけ声をつけて立ち上がる、と同時に、彼のすがたが目に飛び込んできた。男の唾液で湿ったゆびをジーンズに擦りつけながら、条件反射でにやけそうになった顔は、けれど、通りの向こうから近づいてくる人影に食い止められた。荷物持って逃げろ、と俺が言うまえに、けれど彼は紙袋をしっかり手に持っていて、今度はほんとうににやけた。さっすが、わかってンなーアイツ。視線で方向だけを確認してあとは、ふたりで走り出した。
細い通りを抜けて、国道まで出たところで、通りすがりのタクシーに乗り込む。俺の家に向けて走り出したタクシーの背もたれにぐったりと寄りかかりながら、荒くなった息を抑える余裕ができたのは、俺より彼がさきだったようだ。
テメェ、と、すこしだけ乱れた声とともに俺を見た彼は、明らかに不機嫌だった。

「なんで俺だけハブなんだよ。俺にも殴らせろよ」
「だってオマエ、ぜってーやりはじめたらとまんねーだろ」

彼は一瞬だけ息をつめて、つぎには舌打ちをした。
自覚はあンのな。拗ねたみたいに目を反らす彼が可笑しくてくちびるを持ち上げた拍子に、切れた場所がひりついた。いて、とたいして痛くもなかったのに飛び出た声に、俺に戻ってきた彼の目は、悪ガキみたいに細められていた。彼の手が近づいてくる。
運転手さん、俺もっかいフランス人になってもいーかな。傷口に触れた彼の手を、手首ごと掴んで俺は引き寄せた。ほんの一瞬だったくちづけに、返されたのは、眉をハの字にした彼の苦笑いとそれから、紙袋だ。いちばん広い面を運転席に向けて置かれた全長七十五センチを包み込めるだけの大きな幕が、乾いた音を立てて騒ぐのに隠れて、彼からもらったキスは、おそろいのタバコの味に、ほんのすこしの血の味がした。
絡まった舌に、合わせて絡めたゆびさきが冷たい金属に触れる。オマエが二度と、これはずす気になんねーように俺、頑張るからさ。
オマエも二度と、俺から離れようなんておもわないでほしいんだ。


end.


「土→銀からはじまって銀→土で終わる銀八土」とゆうことで、できるだけそれに沿った
内容でいこうと頑張ったら、ラブコメなのかバイオレンスなのかシリアスなのかまるで
わからないお話になりました。まさかプロポーズまでいくとはおもわなかった。
かわいそーないとーはこの後こんどーさんにひと目惚れとかどーですか。ゲイがヘテロをオ
トすまでの一途なロマンチックラブストーリーとか、どっかに転がってたら教えてくれるとい
いとおもいます。
はじめてリクをくれたまつしまさん、ほんとうれしかったです。よかったらテイクアウトして
ください。

「Romance」:byブランキージェットシティ




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