「メガネ、しねーの?」

ベッドの端に裸のまま腰掛けた銀時の後ろで、彼の声がした。まだ火をつけてないタバコをくわえながらふりむくと、あいかわらずうつぶせにからだをなげだしたままの彼の、顔だけが銀時をみていた。

「日ぃ出てるときしかしねーの」

ベッドサイドのちいさな棚から、タバコの箱と入れ替えにライターをつかみ取り火をつける。はじめのひと煙を天井の蛍光灯を狙って吐き出せば、あわい光を浴びた煙がさまようのがみえて、銀時は無意識に目を細めた。たばこをくわえたまま彼の隣にむかってからだを投げ出す。せまいシングルベッドが苦しそうに軋む音がした。

「あんなんでもいちおーUVカットなのよ。目ェよえーんだ俺」

片ひじで自分の頭を支えながら銀時が笑いかけると、彼も、目じりだけで笑みをつくって、そして銀時の口から吸いかけのタバコを抜き取った。ささやかな噛みあとのついたフィルターをくわえて、ひと呼吸ぶんの煙を吐いた彼は、今度は顔じゅうで笑った。

「きっついな、これ」

あーやっぱほしーなぁこの子。さっきまでやらかすだけやらかした秘密の行為なんてすこしもかんじさせない、ひどく幼い笑みに、自分の笑みまでさらにゆるめてしまいながら銀時は、どうすればこの子供を手に入れることができるのか、真剣に考える。
教師と生徒だなんて問題はいまはもうどうでもいい。問題なのは彼の気持ちだ。高校で好きな男ができたと彼は言ったけれど、今も好きなんだろうか。それとももう諦めて、別の男を好きになってるんだろうか。だったらさらにそいつも諦めて自分を見てくれやしないだろうか。
からだをあずけてくれるほどには嫌われてないのだ。この流れで押し切って自分のものにしてしまうこともできるのだけれど、ただ、彼の気持ちが追いついてくれないのは少し困る。
真面目な彼のことだ。いちばん最初に手を差し伸べた自分に恩を感じて、別に好きじゃなくてもおとなしく手のなかにおさまってくれるだろう。そのあとで自分を好きになってくれるのならそれでいいのだけれど、最後まで好きになってもらえない可能性もある。自分のことをなんともおもってない、下手したら他の人間を好きな状態で、彼が自分のもとに居続けることになったら、それはさすがに、ちょっとせつないと銀時はおもう。想いのかなわない彼だってせつないけれど、想ってもらえない自分もせつない。せつなくなれるだけこの子供にハマる予感は、たぶん間違ってないはずだ。
地道に頑張るっきゃねーなコレ。銀時は新しいタバコに火をつけながら、彼にバレない程度のため息を吐く。短くなったタバコの火を消し止めようとからだを持ち上げた彼に、灰皿を差し出してやりながら、それでも気持ちくらいはさきに伝えておこうと銀時が決めたときだった。せんせい、と彼がつぶやいた。
名前じゃなかったことが、銀時はすこしさみしいとおもった。

「んー?」
「あのさ…すげー、いまさらなんだけど」

彼がゆっくりとからだをおこす。裸のままあぐらをかいた彼は、またうつむき加減に戻っていて、今度はいったいなにが怖いんだろうと、だるい頭を働かせながら銀時は、くわえタバコで彼をみた。

「俺が好きになったヤツってさ、せんせいなんだ」
「っ、あっつっ」

銀時の口からこぼれ落ちたタバコが手の甲を焼いた。なにやってんだ、と彼の焦った声に、けれど返事をする余裕もなかった。銀時はせいいっぱいのはやさでからだを起こすと、シーツに転がったタバコを灰皿に押しつけていた彼の肩をつかみあげた。

「ちょ、いきなりな、」
「今も?」
「え?」
「今も好き?」

好きって言え。ほとんど呪いかけるくらいの気持ちで睨みつけた銀時に、彼は、眉をハの字にして目を泳がせながらそれでも、しっかりと頷いてみせた。
銀時はおもわず彼のからだを力任せに抱き寄せた。

「な、せんせ、」
「ちげーよせんせーじゃねぇよ。俺の名前忘れたっつうのかテメェ」

やべ、顔くずれそう。銀時は彼の髪に顔をうずめて、汗まじりだろうと相変わらずさわやかなその匂いをおもいきり吸い込んだ。メチャクチャにかわいいとおもった。自分のせいで悩みを知って、自分の手でセックスを知って、自分のことをいまでも好きな彼が、かわいくてどうしようもなかった。
だって、それじゃあまるで、頭のさきから足の指先まで自分に染められたくてここにいるんだと言われてるようなものじゃないか。
染めますから。俺色に染めさせていただきますから。つーかいただいちゃいましたから。銀時はもう、顔をつくろうのを諦めることにした。どれだけぐだぐだになってるか自分では予測できない顔を向き合わせれば、彼は現状にまだ追いついていないようだった。探るように、けれどどこか怯えたように銀時をみる彼の顔を、両手で包んで、いつでもくちづけられる距離に引き寄せた。

「俺ね、今すげー恋人ほしーんだわ」
「…せん、」
「だからせんせーじゃねぇっつってんだろ」

いかにもどうしたらいいのかわからないというふうに顔をしかめた彼の、鼻のあたまに銀時はちゅ、っと音を立ててくちづけた。彼は一瞬目を見開いて、それからすぐに目じりを赤く染めあげた。銀時はそれがかわいくてしょうがなかった。今度は額にもくちづけを落とす。

「ほら、名前。言ってみ?」
「ぎん、とき…?」
「正解。で、その銀さんっつう名前のオトコマエはね、今もーれつに恋人がほしいわけですよ。黒髪で目つき悪くて、カワイイ顔してて、」

どこか間の抜けた感じに口を開け呆然とする彼の、そのくちびるにもくちづけた。

「今年で高校三年生で、ゲイだってずっと悩んでて、あぶねーおっさんに連れてかれそーだったのを俺に助けられて、誰か紹介するっつったら俺がいいっつって、俺とセックスして、そんで俺のことずーっと好きだった子が、恋人にほしーんだけどさ。うまくいくとおもう?」
「っうそ、だ」
「うそじゃねーよ。本気。マジすげー本気。今日一日で完全ノックアウトっつうか、もーなんつうの?メロメロ?」

彼の瞳がにじんでいくのがわかった。なにかを言いたげで、けれどなにも音にできずにかたかた震える彼のくちびるに、銀時はもういちどくちづけた。

「だから、俺の恋人になってください」

目じりに浮かんだ彼の涙を舐めとりながら、なんで自分がゲイだとわかったときにすぐ告白しなかったのかと銀時が聞くと、ゲイだからって好きになってもらえるとは限らないからと彼は言った。じゃあなんでいま告白する気になったのかと聞いたら、セックスしたからと彼は言った。
抱いてもらえて、それで充分幸せだったから、もう振られてもいいとおもったんだと、ふるえる声でつぶやく彼の両腕はためらいがちに、けれど確実に、銀時の背中を抱きしめていた。


end.


こうして落とされましたとさ。
「胸がこわれそう」byブランキージェットシティ



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