「俺と付き合っちゃえばいんじゃね?」

黄色と赤のストライプがはいったストローを、くちびるでもて遊ぶついでのようにつぶやいた男の顔は、窓のそとを向いていた。彼女は彼とおなじ柄のストローをくわえたまま、咄嗟に持ち上げた視線をいそいで、黒い丸テーブルのうえへと逃がした。
幼なじみの男の髪は、はじめて彼女が出会ったときから銀色だった。彼女はもう見慣れていたけれど、ほんの一時を通り過ぎるだけの人たちの、物珍しげな視線を嫌がる彼が選んだ席は今日も、植木鉢の影に隠れた窓際だった。いちばん近い席の客のこえもBGMにかき消されるほどのすみっこで、聞こえないふりは、聞き返す理由になってくれない。
彼女は今度は慎重に、少しだけ視線をあげた。彼の片手が見えた。彼女よりずっと骨っぽいゆびが掴む、Lサイズのカップの中身はいつもの甘いバニラシェイクだ。カップの表面に浮いた水滴が、彼のゆびの腹から、つけ根に向かって、垂れ落ちていくのがみえた。
もうすこしだけあげてみる。学校指定の白いシャツのそでは、いつもどおりひじの高さでしわくちゃにまくってあった。
もっとあげたら、飛び跳ねた後ろ髪が見えた。どんなに梳いてもまっすぐにならない彼の髪と、対照的にまっすぐな彼女の黒髪を彼は、小学生のころは腹いせのようにしょっちゅう乱暴に引っぱったけれど、中学からは、くくってポニーテールにしたさきっぽを、たまにうらやましそうにつまむだけになった。高校に入ってからは、すこしも触らなくなった。
とうとう、さいしょとおなじ高さにまでたどり着いた。そこで彼女を待っていたのは、さっき一瞬だけみつけた耳たぶどころか、顔いっぱいまで、白い肌をうすピンクいろに火照らせた彼の横顔だった。
とたんにおなじいろに染まってしまった自分の顔を彼女は、彼と反対のほうに反らした。目の前いっぱいを、植木の葉っぱが埋めつくす。
仲のいい女友達が何人か立て続けに彼氏をつくった。最近じゃその話ばかり聞かされて、一緒に遊ぶ時間もつくってくれなくなったと、こぼしたのは純粋に不満からだ。
俺も彼氏つくろーかな、と、あとから付け足したぼやきに返ってくるはずのオマエにゃ無理だね、なんて聞き慣れたやる気のないこえと、死んだ魚の目とバカにしたような無表情を彼が、裏切ってくれるかもしれない期待は、ほんのすこしだ。
期待どおりになったときにはじゃあ、どうすればいいんだろう。ちいさな緑色の葉っぱのうえに、斑点をつくったほこりを睨みつけながら、考えたくても彼女のあたまのなかは心臓のおとだけでいっぱいだった。焦って、そしたらもっとうるさくなった。うるさいのに、彼がシェイクをすするおとはちゃんと聞こえた。
BGMは洋楽で、曲の名前も、なにを歌ってるのかもすこしもわからないのに、やけにせかされてる気になった。なにもおもいつかないままとにかく彼女は、離れたがらないうえとしたのくちびるを無理やり引きはがした。

「べ、つに、いいけど」

すこしの沈黙のあと、曲のサビにかき消されそうな彼の、おお、と、ああ、の真ん中みたいなこえがした。


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